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西岡参院議長のような猛将が自民党総裁に必要です

2011/05/23 17:47

 

 

「西岡参院議長のような猛将が自民党総裁に必要です」

 

西岡武夫参院議長は、民主党の議員にも拘わらず、激しく自党の管首相を批判しており挙句に不信任案を早く提出しろと野党に迫っている。その迫力こそ見習いたいものである。

 

かような愛国者が何故、民主党員なのかとプロフイールを見た。自民党から飛び出して小沢氏と新進党を作り自由党に変り、自由党と民主党の合流により民主党員になったので西岡議員の政策を見ると保守である。

 かといって自民党に復党することはご自身の主張上、出来ないだろう。

 

 

 

谷垣氏は、平時の与党の総裁ならまだしも、非常時の野党の総裁である。野党の党首は、闘う闘将でしかも猛将でなければならない。

 不信任案を提出して否決されたらどうしようかとか、味方の人数が足りているのかとか、適当な後継者がいないとか考えていては負けてしまう。

 

 「第2次補正予算を与党が提出せずに会期を閉じる場合に不信任案提出をする」とか言ったそうだけれど、そういう優柔不断が不幸を招く。頭が良すぎる人は、あれこれ考えて戦いには向かないのである。戦時には智将より猛将が必要なのだ。大東亜戦争で戦時に行った帝国海軍の提督の人事ではっきりとわかります。

 

何故、自民党が不適任な人物を総裁に選んだのかが問われる。つまり、野党の党首は得るものがないから貧乏クジは引きたくないという打算で動いた総裁候補議員もいて立候補しなかったのが現実であろう。

 

谷垣氏は、そういう誰もやりたくない野党の総裁を引き受けたから其の行為はすばらしいものである。

 

しかし、残念ながら中国韓国に味方する内からの売国奴が大勢いる民主党が与党であり、1日1日と日本国家の解体が進んでいる。

 

彼等は、大震災の復興を遅らせている。また、原子力発電所の事故を増大させ放射能の被害状況を隠した上、住民の救済をしばらく放置した。

 

 

 

 

それに対して土地禁止法案を提出しようとしない。そしてこの大震災のどさくさに紛れ「人権侵害救済法案」の提出を次の臨時国会に提出すべく準備している。

 

其の法案は、民主党政治に反対する政治家や国民を黙らせるための法案である。その次にネット規制を始めるだろう。つまり、民主党は、共産党独裁の中国と同じ一党独裁の国家に改造することを目指している。

 

このことを自民党総裁や自民党執行部は気付いていないのだろうか。政治のプロが知らない筈はない。国民の中の草莽愛国者達は、知っているのだからどうして行動しないのか理解に苦しむ。彼等は、愛国心が欠けているのかリベラル思想だから危機を理解出来ないのだろう。

 

 とにかく、自民党内の愛国議員の方々は、谷垣執行部を突き上げて早く不信任案提出に持ち込み、民主党に打撃を与え国民のために闘う政党であることを国民に鮮明に示して支持者を増やして日本解体を阻止して欲しいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

また彼等は、中国人や韓国人ビザを緩和したので大勢の害人が滞在しつつある。中国人は、大使館用地を買収しようとしているし、日本各地の水源地等の土地を買収しつつある。

 それにしても、最大野党の自民党総裁は、何をしているのか。誠に情けない人物である。

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何故、フイリピンに大勢の韓国人が来ているのだろう。

2011/03/25 00:20

 

 若い韓国の学生がフイリピンに英語を学びに来るようになって10年ぐらい経つと思う。授業料が安いし、マンツーマンで教わることが出来て、学生寮もあるから大勢来ている。韓国から近いし、英語を学んで帰ると単位として認められるらしい。6年ぐらい前のセブでは、韓国人経営の英語学校が多かった。フイリピン人の英語の先生を安く雇っている。

 

バギオに行ったとき、韓国人の英語学校が安い料金だったので入学した。先生は、フイリピン人で給料が安いと言っていた。校長は、親切でゴルフを一緒にしたり、彼の家に招待されたりした。しかし、教材のいいのが揃ってなくてテープレコーダーもいいのがなくて、私が奥さんに買ってくれと言ったら買ってくれたので先生達から感謝された。

 私が学校を辞めた後、ゴルフに誘われなくなった。後で金儲けのために尽き合っていたのかと思った。

 

ゴルフ場についてですが、バギオにはカントリークラブとジョンヘイクラブの2つがあります。、

カントリーは、会費が高くて入れなかったのでジョンヘイが割りと安かったのでメンバーになった。其の頃は、平日にいつでもプレイ出来た。しかし、2年後に韓国人がやたらと増えて彼等は朝5時ごろに予約して我々が、プレイ出来なくなった。

 ゴルフ場の社長は韓国人を無制限にメンバーにしてBIR(税務署)に税金を納めていなかった。だから、私は辞めることにして面倒な書類をBIRに密告しないことにして手続きしてもらった。5年ぐらい前の当時、韓国人はバギオに3000人はいると言われていた。

 

それから、私は彼等に追い出されるようにバギオから撤退した。フイリピン人は、特別の枠があるからプレイ出来る筈である。日本人の特別枠は作ってくれなかった。

 クラーク飛行場に韓国機が運行されて、そこからバギオに近い。それと涼しい避暑地だから人気があるらしい。

 

彼等はセブ、バギオ、ダバオ、マニラ、あらゆる大都市に住んでいる。バコロドにも英語学校があり、土日になると彼等とモールなどで会うことが多い。

 学生目当ての食堂が沢山出来て、また、家族も来る。フイリピーナと結婚する韓国人もおり彼等は家族を呼び寄せる。韓国が寒い冬になると、大勢のゴルファーがゴルフ場にやってくる。

 特に彼等とトラブルはないが、彼等は日本人には挨拶しない。それから、マナーが悪いらしくてメンバーを制限するクラブもあると聞く。勿論、中には日本にいたことがある青年は礼儀正しく挨拶するようになった人もいる。彼は、1年間ゴルフの練習に来ているらしい。

 ここでは日本人は、年寄りが多く若い日本人にあまり会ったことがない。何故、若い日本人は英語留学にフイリオピンに来ないのだろう。学費安いしフイリピン人の英語能力は高いから遜色ないと思う。皆、アメリカ、カナダ、オーストラリアに行くのだろうか。

 とにかく寂しい気がする。昔は、若い日本人も大勢来ていたらしいが。

日本人の英語留学や大学留学している若い人も少しはいるようだがまだ会ったことはない。今、韓国に飲食業に出稼ぎに行っているフイリピーナは、5万人ぐらいいるらしい。

 

 

 

 

私が何を言いたいかというとフイリピンは台湾と同じように日本の生命線なのである。

もし、中華帝国に台湾が占領されたらなし崩しにフイリピンも占領されるだろう。

そしたら、南支那海は中国の海になり日本のシーレーンが脅かされて石油や鉄やその他の重要物資が輸入出来なくなる。それでは、60数年前のABCD包囲網で石油は、アメリカや蘭印(インドネシア)、中東(英国領)などから全く輸入出来なくなった事と同じである。通行料を中国に払って航行するのか。そのような侮辱を受けても平気なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

日本は島国であり海運の貿易で国を支えている。そしたら、日本の生命線は海であり海軍の増強に努める必要がある。大陸国の中国に制海権を奪われたらおしまいである。

 

 

 

間違っても大陸国家と共同体を作るべきではない。彼等と特別に付き合う必要などない。

戦前、支那や朝鮮に日本が介入して、支那共産党の陰謀に騙され、朝鮮を援助して酷い目にあったことを忘れたのか。日本人は、外国に対して人が良すぎる。

日本は、彼等の国に負い目のあることをしていない。謝る必要などないのに政府が謝るから外国に暮らす日本人は酷い目にあっているのだ。

 

 

 

島国の台湾とフイリピンは海洋国家として同じ悩みがある筈だから連携、運命共同体を模索すべきであると思う。

其の中国ODAを続ける馬鹿がいる。日本の戦略は、中国共産党を潰し民主政権を樹立することを応援して工作しなければならないのに。

 日本政府はフイリピンを友好国として扱ってこなかった。フイリピンは反日国ではない。積極的に援助して日比同盟を結ぶべきである。このまま、時が流れたらアメリカは、東アジアから撤退するかもしれない。そういう可能性が十分にある。アメリカの衰退と中華帝国の興隆が予想される。だから彼等は、日本軍のプレゼンスを歓迎する。日本だけが頼りなのである。

 日本の存在感が薄くなっている。少し前までは、日本がFTAで看護婦や介護士を受け入れると表明したから日本語ブームが起きた、しかし、試験が難しいので合格者が少ないとわかると急に萎んでしまった。

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ABCD包囲陣に対する戦中の日本の静かな決意

2011/03/24 21:47

 

 

昭和18年6月1日に毎日新聞社から出版された大東亜戦争調査会編「米英挑戦の真相」は一番早い時期に焚書された書物の一つです。一連のシリーズを成していた本で、当時の錚々たるメンバーが執筆者になっております。

したがって、当シリーズは米軍の注目を早くから集めて、大半の本が焚書されています。

 

私がびっくりするのは、それを日本は全部知りぬいていたということです。

兵力まで細かく把握していた。一番最後に「対日包囲陣の悪辣性」について述べている箇所があります。

 

「原書から引用」:・・・・・・・・

 米国が日露戦争直後より今次開戦直前に至るまで、或いは排斥、或いは圧迫、果ては弾圧など、我が国に加えた侮辱と非礼とは、世界4千年の国交史に稀なる物であり、又英国が明治維新前後より日清戦争まで、そしてワシントン会議より今次開戦直前まで、我が国にとった態度も、これまた米国と何れか烏の雌雄を知らんやの顔で、ただ米国の如き暗愚下劣なる露出症的態度でなかったというに止まる。

 

 

過去幾多の米英の対日外交振りを見れば、その内容の暴慢なるは勿論、其の態度や傲岸、その言辞や横柄、なすところは悪辣非道筆舌を以って形容し難きものがあり、顧みて、よくも我々の先輩はこれを堪忍して来たものだと、その自重の裏に潜む萬斛の血涙をそぞろに偲ばざるを得ない程である。・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 日本の戦争が一等国民のプライドのための戦いであった、目に見えない敵、西欧合理主義との戦い、明治以来の自分自身との戦いであった、と先にもべた事にも関係があります。もしも、戦わずして自尊心を捨ててしまったら、戦後復興日本は存在したかと思われるほどの排日侮辱だったのです

 

 

 

 

 

 

「原書から引用」・・・・・・・

 

 

 

 

 彼らが我が国を軍事的に包囲するに先立って、我が国をまず外交的に孤立無援にしてしまおうと企図したこと、この外交包囲にも満足せず、更に我が国の窮乏、衰微を策して我が国に対する卑劣な経済的圧迫を続け、我が国をして経済的孤立に導かんとしたことは、前に記した通りである。

 彼らは、日本民族の移民を完全に排斥し、我が国製品の輸入や、彼らの日本への輸出品をば、彼らの本国と属領とから、意の如く制限したのみならず、他民族の国からまでも日本排斥を策し、謀略を以ってこれを実行せしめた。

 

 即ち我が国を完全に「はねのけもの」にして貧乏人にしてしまおうと言う策で、この排日、侮日は、ついに悪辣なる経済包囲、経済封鎖という目的のために手段を選ばざる結果を招来した。

 

彼等の企図したところは、我が国を丸裸にし丸腰にした上で軍事包囲をして、我が国を袋叩きにしようとしたのである。

 なかんづく我が国への油道の切断こそ、その悪辣性の最たるものであった。

湯道を切断して我が国の艦船、飛行機、機械化部隊が動かなくなれば、我が国を刃に血塗らずして武装解除誌、少なくも我が国の軍備をして、日本国産の油で維持し得る程度にまで制限したのと同様である。

 こうしておいて我が国を袋叩きにして打ちのめそうとしたのである。

 

 

 譬えて以って言うならば、ギャングの親玉がその配下を語らって、善良なる一人の少年を取り巻いて袋叩きの気勢を示しつつ、侮辱,罵言し、難題を吹きかけ聴かねば打ちのめすぞという構えの姿勢、それがこの対日包囲陣であったのだ。( 中略 )

 

 

 

 

決然、我が国がその自立自衛のために起ったのはいはば当然の帰結であった。

     ・・・・・・・・・・( 引用終わり )

 

ここで大事なことは、日本政府が対日包囲陣のもっている手強さと強固さ、そしてそれがもつ恐ろしさを知っていたということです。

 

「私の感    想」・・・・・・・・・・・・・・・・・

一番先にアメリカ軍が焚書にした理由は、内容が真実をついているからである。自虐史観の人たちは、日本陸軍が中国大陸で暴走したから無謀な戦争を起こしたという。陸軍参謀本部が戦争好きだったから支那で満州事変を起こし,,支那大陸で戦争を拡大したから米国が正義のために日本を経済制裁してハルノートで満州と支那から撤退するように要求したから戦争になったという考えである。

 アメリカが、正義の味方、冗談でしょう。彼等は、支那の市場を日本から取り戻し、支那を侵略し権益を持ちたかったのである。彼等は、人種差別をしていて黄色人種が一等国であること、世界の五大強国の一員であることが許せなかったのである。支那の門戸開放とか機会均等とか美辞麗句を並べて誤魔化したにすぎない。

 

アメリカが何故、日本を脅威に思ってオレンジ作戦を行っていたのか、それは、英国の様にアジアに植民地を欲しかったからである。脅威と言ってもアメリカは、石油でも鉄でも何でもある広大な大国であり、譬え日本が米国を占領しようとしても出来るわけがない。

 

 

 

 

 

     それから、当時のアメリカ人は、戦争に反対だった。ルーズベルト大統領は、欧州戦争に参加しないと国民に約束して当選したので英国から戦争参加の依頼が来ても参加出来なかったのである。

 

 

 

 

 

 自虐史観の方や無謀な戦争だったのではと疑問に思っている方々に是非,読んでもらいたい。当時の日本人の考えや当時の世界情勢など知って戴きたいと思っている。

 

 

 

 

 まして、今まで焚書のために最出版されず、古本屋にないとすれば焚書開封により多くの日本人が読むことが出来れば此れほど有り難い事はない。

 本当の日本人なら、我々の先祖が愚かな決断をする筈がないと思う筈だ。

愚かなのは戦後の政治家と国民でマッカーサー憲法を後生大事に持ち続け未だに軍隊を持たず、核ミサイルも持たず、栄光ある海軍も再建せず、今度は西の国々に脅かされている。皇室典範を改正しようとせず、今生陛下にご苦労ばかりかけている始末だ。

侮辱されても怒ることがない。英霊達は、さぞ落胆しているだろう。

 我々は、何のために命を捧げたのかと。何故こんな情けない国にしたのかと。

 

 GHQ焚書図書開封」 西尾幹ニ著。徳間書店発行より。

 

 

 

 

2008年6月30日 第一刷。

 

 

 

 

現在の考えで過去の歴史を決め付けることは出来ない。過去の其の当時の様子を知ることが大事ではないかと思う。

 

     そこで、日本を経済制裁して支那大陸から撤退するよう要求すれば日本は戦争を始めるしかないと考えていた。だから、真珠湾攻撃の後、欧州戦争への参加と対日戦争を望み通り開始出来たのである。

 

 彼等は、アジアに進出し、覇権を手中にしたかったのである。事実、米国はフイリピンを植民地にしており、グアム島を委任統治していたのである。

 

 起たざれば我が国は自滅するか、袋叩きにされて落命するかであったのだ。

 

 かかる米英の対日非礼史、侮日史は他の分冊に譲って,茲には単に軍事上から、この対日包囲陣のもつ戦略的敵性を指摘するにとめよう。これほどの悪辣なる戦略は、歴史上未だかってなかったと断言して憚らないのである。

 

 

 

 

 

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日本人が戦後たちまち従順になった諸理由

2011/03/21 00:17

 

 

「日本人が戦後たちまち従順になった諸理由」

 GHQ焚書図書開封  西尾幹ニ著 徳間書店  より抜粋

 

報道や書簡の検閲は昭和20年9月から始まっていました。その効力があったせいかどうか分かりませんが、焚書が全国各地で行われた頃には、世の中はこぞってアメリカ文化に靡くようになっていました。前途したように、焚書の最初の命令が出たのは昭和21年で、直後から着手されたと思いますが次第に対象の本が増えて、文部時間通達が出されて実際に全国的に行われだしたのは昭和23年7月からです。この頃の日本は「アメリカ万々歳」に変ってしまっていたのです。

 

 昭和23年に私は中学1年で、当時の風潮の変化をはっきり覚えています。

アメリカ通はにわかに幅を利かせアメリカ留学は憧れの的になり、チュウインガムとホットドッグとコカコーラが流行りだす。映画「ターザン」には人がいっぱい入った。

ヒチコックの「弾劾」を皮切りにジョン・フォードの「荒野の決闘」などの洋画に人が群がる。昭和23年にはサンフランシスコ・シールズという大リーガーの3Aのチームが来て、羽田空港にはたくさんの女優さんが花束を持ってで迎えた。

 

 言ってみれば、日本人挙げてアメリカに夢中になった。あれほどアメリカを憎み、そして戦争までしたのは一体何だったかと思うくらい、この国の国民がコロッと変ってしまったのは紛れもない事実です。

 

 この一転した動きとは何だったのか。それは私にとって大きな謎であると同時に、日本人にとっても未だに大きな謎でありますが、実はそんなムードの中で焚書の結果もジワジワときいてくるのです。焚書がいつ終わったかは分かっていません。

 サンフランシスコ講和の日まで続いたのかどうかもわかっていません。

しかし、そうした世相の下では第1章に列挙したような本が古書店で売られていたとしても誰も買わない筈です。

 一般の流通機構から古本として消されてしまえば、厭戦気分も有るし、公式に読んではいけない本だと言われると民衆は古い本を顧みず、新しい本にとびつきます。

 戦争はおわったのです。古い本はだんだん誰にも読まれなくなってしまうのが普通です。

日本人の軽薄さも含めて考えなければならないことかもしれませんが、第一弾に「検閲」があり第二弾に「焚書」があってその呪縛で世の中が変えられてしまったといっていいでしょう。

 

 あの当時、「青い山脈」という映画が封切られて「古い上着よさようなら」と言う歌詞が

流行りますが、戦前の書籍も「古い上着」になってしまったのです。そういうムードの中で時代が動いていきました。

 戦争が終わって日本人はまったく「平静」になってしまった。アメリカに対しすっかり「従順」になってしまった。この敵意喪失の原因は何だろうかということは今に至るも謎ですがこの点をもう少し掘り下げて複合的に考えてみたいと思います。

 第一に、戦後日本が経済的に生きていくためには、アメリカのマーケットに依存しなければならなかった。

 第二に、日本人はもともとアメリカおよびアメリカ人を憎んでいなかった。

 第三に地上戦が本土で行われなかったにもかかわらず空襲と原爆によって叩きのめされたことです。

 私が考える第四の理由は、欧米文明はもともと日本のモデル、模範でした。そういう模範と戦って敗れたというのは非常に厄介なことなのです。

 それと同時に進駐してきた米英軍が「日本国民の敵は米英ソ連軍などではなく、これまでの日本の支配階級である。」、あるいは「封建的な日本の歴史が敵である。」ということを言い募った。そういわれて、それまで保ってきた緊張の意図がプツンと切れてしまったのも事実であります。

 

 「戦闘は終わったが戦争は続いていた」

形の上では私たち日本人は、敗北したけれども、私たち日本人は心の底では「不服従」の感情をずーっと懐き続けていたのではないかということです。「不服従」、即ち私たちは負けちゃいないよという思いです。

 表面的には負けたかもしれないけれどその結果には服従しないという感情です。

実は、そういう気持ちが日本人にはあったのです。

 あの熱狂が、あの烈しい戦争への意欲が、林の如くアッという間に静かになり、潮のごとく冷たくなってしまった。

 それを見て占領軍はびっくりし、驚き、かつ怪しんだことは前にも言いました。

この静粛さは、日本人がやがて復讐に起ちあがる臥薪嘗胆の覚悟の表れではないか、この国内的冷静さは日本人が敗北の認識を十分に持っていないからではないか。

そんな風に不気味に感じた。そこで彼らは手厳しい観察の目を日本人の心の奥底に向けた。

私たち日本人は、表向きは自分の感情をごまかしていたにもかかわらず、実は、心の奥には不服従の感情が潜んでいた。

 私たちの平静さの奥にあった歴史の審判に対する不服従の心理を占領軍は見抜いていたのではないか。それを密かに観察していた欧米諸国は「それは許さないぞ」といった。

戦闘は終わったけれど戦争は続いていたことを、私はいま申し上げているわけです。

 

 昭和20年9月に外国で出た記事によれば、連合国は声を大にして「日本国民が敗戦を事実として真摯に認識することに欠けている。」という指摘をしています。

例えば、日本のある将軍は降伏の交渉に臨んで佩剣を許されなかったことに怒りの感情を露にして、危うく交渉を不成立に終わらせようとしたそうです。

日露戦争の後,乃木将軍がステッセル将軍に佩剣を許した出師営の会見の故事を思い出したのかもしれませんが、しかし、連合軍がそんなことを許す筈がない。つまり連合軍は日本軍がいまだに深い認識を持っていない、敗戦の事実を認めていない、という疑いを非常に強く持つようになります。

実際、日本は戦争に負けたのではない、科学の力に負けたのだと言うのが、私たちが子供の時に習い、認識していたことであります。

 戦争に負けたのではなく原子爆弾に負けたのだと日本人は、皆そう思っていました。

 

アメリカ軍は、日本を解放したのではありません。私には、占領されたと言う意識しかありません。

 昭和20年8月29日に当時の「読売報知」の社説が、戦争に負けたことが納得出来ないと書いてあります。・・・・・・・

 

 「固より大詔を拝して謹まざる国民は一人としていないが、そんな筈はないという気持ちでこの戦争の事実を受け取る態度は、今日に至るもなお跡を絶ってはいないのである。」

・・・・・・・・・・

 「そんな筈はない」というのは、まだ戦力に余裕があるという意味になりますから、今から見るとちょっと滑稽でではありますが、終戦の日から2週間経ってなお新聞は公然と戦意を表明しているのです。

 そして9月5日、東久邇宮首相は施政方針演説で、「戦争終結の決断はひとえに天皇陛下の大御心によるものであって国民は戦争努力の足りなかったことを陛下にお詫びしなければならない。」という意味のことを語ってここでも繊維の継続を述べています。・・・・・

・・・・・・・・

 占領軍からすると、これは許し難いということになります。なんとかそうした戦意を叩き潰さなければならない。その表れが本書が取り上げた焚書であり、「閉ざされた言語空間」で江藤さんが指摘した米軍による検閲、言論統制です。

 

しかし当時は、日本が戦争をしたのは悪かったと言う人は誰一人いなかったわけですから、「戦争責任」などということを口にした人は一人もいません。

もし、そんなことを言ったら周囲の人はひっくり返ってびっくりしたことでしょう。

口から泡を吹いて倒れたのに違いない。戦争責任という言葉は旧敵国のプロパガンダの言葉として津波のように押し寄せてきたものです。日本人に罪悪感を植え付けようとした。

 

 何とも説明の出来ない戦後日本の平静さに不気味なものを感じ取った占領軍は,其の正体を何とかして暴き、そして日本が二度と起ちあがれないようにしてしまわなければなたなかった。生命力を根こそぎ奪い取ってしまわねばならなかった。

これが、焚書と言う行為に及んでいて、ついに今日に至るまで、7千余点、あるいはそれ以上の数の周辺図書が日の目を見る事が出来ないままになっているのです。というよりそうした書物が日本人の心から掻き消されてしまったのである。

・・・・・・・・・以上、GHQ焚書図書開封より抜粋・・・・・・・

 

「私の読後感想」・・・・・・・・・・・・・・

 私が田舎の小学生の時、時々、映画鑑賞があり先生の引率で近くの映画館に見に行ったことを思い出した。青い山脈、ターザン映画、西部劇などを見た記憶がある。

青い山脈の「古い上着よさようなら」は、今、思えば戦前の伝統を捨て去る意味のある種の洗脳であった。あれから、新しいことが全て良くて戦前の全てが悪いという風潮が広がったと思う。アメリカ映画に確かに影響を受けた。

 

しかし、私はアメリカに日本人がいつか復讐に立ち上がる雰囲気を感じていた。科学力で負けたのだから、日本も科学の進歩や生産の向上に力を入れていつかアメリカに追いつくという思いを持って工業と科学の発展に力を注ぐことを国家目標にしていた。

 

しかし、工業の発展、経済の発展により経済大国になったら、アメリカへの復讐心がいつのまにか喪失し、金を儲けるのためならどんな悪いことをしてもいいという風潮が広がった。だから、国防をアメリカに任せてそれを変だと思わなくなった。全て、政治家と財界の幹部たちの責任である。

 そして、今日の日本滅亡の危機を招いてしまった。政治家だけでなくそれを選んだ国民も悪い。

 

小泉元首相を見ていて思ったのは、彼はアメリカに完全に洗脳され、アメリカの言うことなら何でも聞く従僕に成り下がっていた。アメリカ連合国への復讐を忘れひたすら家来になって国家の利益をなおざりにしてきた。

 

一番、感じるのは国家のために死ぬ覚悟のある勇気がある指導者がいなくなったことである。

国益を損ねた者や会社の不祥事により国家、社会、国民に多大な損失を与えても只、会見で頭を下げてすまし、切腹や自殺をする者がいなくなった。誰でも命は惜しいが死を持って謝罪する指導者がいなくなった。

 

自民党の中川財務大臣は、自らの失敗で国益を損ねた責任をとり自殺した。また、松岡

農水大臣は、わずかの事務所費をマスコミにしつこく報道され自殺した。中川大臣や松岡大臣は真の愛国者である。

 それに比べて鳩山元首相は、重大な国益を損ねても何故か公正であるべきマスコミは、追求せず報道もしない。自民党の大臣は、マスコミにより鬼の首をとったような報道を連日しつこい扱いを受けたのであるのに。管首相や小沢幹事長も国益を損ねた売国奴であるにもかかわらずマスコミは、追求せずかばっている。

 鳩山、管、仙石、や小沢たちには、愛国心がない。天皇陛下に対して忠誠心がない。

彼らは、完全に占領軍の洗脳を受けてそれを信じている者ばかりである。

 

 

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教育制度改革と軍事訓練

2011/03/13 14:48

 

1.5年制中等学校

戦前の日本の中等教育は、5年制による中等学校で行った。それを戦後、アメリカより押し付けられた中学校3年制と高等学校3年制に分けられてしまった。

 そのため、中学から高校への受験勉強が入り、効率が悪く一貫した教育が出来なくなった。中学で勉強した内容を又、高校で繰り返す内容もある。

 

高等学校とは何か。高等教育が行われているわけでもない。中等教育のレベルを少しアップしただけである。高校で習ったことを、又、大学教養課程で習う。

 これでは、繰り返しが多く効率も悪く人文科学や自然科学の高いレベルの教育を

受ける時がない。

 

中等教育としての中等学校を5年制にして一貫教育で基礎科目を徹底した方が良いと思う。基礎学力と人格の鍛錬を徹底する。

今の政府は、高校無料化を実施している。高校が経済的に国民にとって負担が厳しいとも思えない。だから単純にばら撒き政策にしか思えない。

 経済的に負担を少なくして、本当に中等教育を義務化するなら5年制にして1年短くすればいい。予算があって無料化するなら異存はないがどうも子供手当てもあって四苦八苦しているようだ。

 

問題なのは、高等教育でもないのに高等学校と名前を変えて疑問に思う政治家や教育者や知識人が一人もいないことである。

 

5年制にすれば低学年生は高学年生から学ぶことも多いだろう。生徒に取って有り難いのは受験に左右されることなく落ち着いて学ぶ事が出来る。一貫した人格教育も可能である。 教師も教えやすいだろう。校舎も統一することが出来る。

 戦後レジウムを清算する検討課題になると思う。              

 

2.軍事訓練

大学入学まで1年間余るわけだがそれを軍事訓練にあてる。

そうすれば、国防に役立つし、日本精神の再武装を行うことが出来る。

学生に国家の国防を考えさせ、神話、国体の本義、日本歴史、古事記、日本書紀、神皇正統記、終身、教育勅語、武道を教え、愛国心を養成し、健康な身体を育むことが出来る。午後は軍事訓練に当てる。規律正しい生活や同じ青年たちの同胞意識、友情も深まり、教育勅語の暗誦による徳育の充実、更に我が国体の深淵に感動し皇国日本の臣民としての自覚が芽生え高まる。

 

 この制度の実施によって青年たちは、日本人の誇りを取り戻し、礼儀を守り、

国家のために尽くすことを学び、自虐史観で誇りと希望を失っている青年たちが見違えるように変るだろう。その若者の力によって日本再生が力強く推し進められる。

 

大学受験においては、1年間の訓練で優秀な学生は、志望大学に推薦入学出来るなど便宜を計ることも必要であろう。

 

 

 

そして世界の虐げられている民族のため平和のために天皇の御稜威のもとに奉仕しなければならないと考える。

 

 今の日本人は、米国の占領政策により個人主義が蔓延していて我慢することを知らず権利ばかり主張するようになっているがそれを国家に奉仕せよとか兵役の義務とか言おうものならあらゆる反撃や妨害があるだろう。しかし、そうしなければ国家が滅びる可能性がある現状である。

 

 

 

 政権を取り戻した後、日本の再興を目指すために教育の改革が必要である。其の一つとして制度改革が重要であると思う。

 

 

 

 

戦前のエリート教育は、3年制の高等学校と3年制の大学で行われた。高等学校では、高等教育として教養科目を教えエリートとしての教養を身につけさせた。

語学(英語,独語など)、哲学、世界史、日本史、地理、倫理、政治史、軍事学、法学入門、経済学入門、社会学、科学など教養を教える名実共に高等学校を設置するべきと思う。日本人の素養としての神話、古事記、日本書紀、神皇正統記、などを教えることは勿論である。

 

 

 

 

4.終わりに

これらの教育制度改革や兵役の義務と軍事訓練は、大いに議論されるべきである。

将来を担う若い人たちに実現してもらいたい。日本の愛国者の若い人たちが政治家にどんどん進出して教育の根本問題である教育制度を改革して欲しいと思う。

他国の教育制度を押し付けられてそれを何ら恥と思わぬ国民なら改革する必要もなく3等国に甘んじるがいい。少なくとも、我等の祖先の大日本帝国は名実ともに1等国だった。そのころの日本人は、外国に行ってもそれを誇りとして胸を張って行動していたであろう。

 今は、外国人に騙されても我等の大使館の公僕は自国民に何もしてくれない。国家の援助や軍事力のプレゼンスがない我々日本人は、自力で解決するしかない。

 

 

 

 私は、憲法問題は、国民の覚悟次第と思う。あの憲法を正統な憲法と見るかアメリカから押し付けられた物と見るかの判別だけだ。

 あの憲法は、押し付けられた憲法であると判定すれば改正する必要がない。廃棄すれば良い。変りに大日本帝国憲法を採用すれば良い。国号も日本国ではない。

 大日本帝国である。大は嫌いだとか帝国主義だとか騒ぐ人が多いだろうが。

 現憲法を日本人が作った物と信じる人は少ないだろう。日本民族にとって違和感のある憲法だからだ。

 

 

 

 

 

 

 この提案を議論してより良い教育制度改革と軍事訓練という兵役の義務が実現することを願っている。憲法との問題があるから、軍事訓練など出来ないしどこでやるのかという問題があるがそれは又、別に議論の必要がある。

 高等学校を卒業した学生は、それぞれの選んだ学問を学ぶために3年生の大学に進学出来る。エリートを養成する大学であるから無条件とはいかず、高校の学業成績や素行や推薦も考慮される。本気で国家の為に奉公する意志があり、勉強する意欲のある者が優先される。それらの選考試験を通過した者のみ入学出来る。

3.エリート教育

 この国難においても我々は、先祖の描いた美しい虹を夢見て戦っていかなければならない。売国民主党を一刻も早く打倒して栄光の日本国家を取り戻すのだ。

 日本人は、我が国体の精華を発揚し新憲法を制定しアジアの盟主となるよう尽力奮起せねばならない。萬世一系の天皇陛下を戴く我が日本こそアジアの盟主に相応しい国はない。断じて支那などではない。

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太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった。

2011/01/03 01:23

 

 

「太平洋大海戦は当時としては無謀ではなかった」

 

GHQ焚書図書開封」西尾 幹ニ著。徳間書店。2008年6月発行より引用。

 GHQ焚書を見ると戦前、戦中の当時の様子がわかってきます。

 

1.           日米もし戦わばを予想する本

焚書:「三国同盟と日米戦」松尾樹明著。霞ヶ関書房。昭和15年10月発行。

 

アメリカ艦隊の小笠原占領」と言う章から。・・・・・・・・・

 

アメリカは小笠原島の占領を企図してこれに対して何らかの手段をとるのではなかろうかと言われているが、フイリッピンの奪還が困難な程度においては、小笠原島の攻略も困難な筈である。」「  」内は、焚書記述内容です。

 

つまり、日米衝突が起こった時、日本はまずフイリッピンを押さえるだろう。するとアメリカは小笠原を襲ってくるだろう、と言っている。

 当時の日本人は、「ああ、アメリカに小笠原を攻められるのか」と心配してあれこれ対策を考えていたんだなという様子がわかります。

 

「日米戦争は、日本のフイリピン占領によって日本は一部的の戦勝気分になりうることが出来るかもしれないが、それだけではまだ勝敗がどうなるかということは全然予測することは出来ない。しかし、すでにフイリピンを失ったアメリカとしては、その艦隊が東洋に進出すべき目的とする根拠地がなくなったのだから、アメリカ艦隊の日本遠征は非常なる困難を感ずるに至ったことはいふまでもない。」

 

2.           太平洋の日米大海戦

 

 「アメリカの艦隊がハワイパール港に集合するといふ情報が入ると其の前にハワイ方面に出動している日本の潜水艦は、それぞれアメリカの艦隊がハワイに向かうべき航路を扼してその軍艦を撃沈せしむべく必死の大活動を開始するだろうと思ふ。

しかし、この結果、何隻の主力艦を撃沈せしめるか、また我が方の蒙る被害はなにほどであるか、いずれも不明であるとして、仮にこれらを除外して考えても少なくともパール港を出港したアメリカの艦隊が日本の艦隊と出会する前に、必ず日本潜水艦の猛襲撃を受けるであろうことは疑うことが出来ない。」

 

3.           「限定戦争」と「全体戦争」

 

「日本がハワイを攻撃するのは、これを占領する可能性が多く、しかも、占領後は完全に維持することが出来るといふことが判然してから後でなければならぬ。

 そこで、日本がハワイを攻撃するのはどうしてもアメリカの艦隊が日本艦隊に対して劣勢になった後に行われることになるであろう。( 中略 )

 また、アメリカとしても日本を仮想敵国という名のもとに、日露戦役後30余年間も種々戦備を整えてきた以上は、たとひその艦隊は撃破されてもその本国が安全である間は、おそらく講和を申し込まないであろう。」

 

 しかし、ハワイがやられたらアメリカも講和を申し込んでこざるを得ないだろうと著者はいっています。

 ここでちょっと注釈を加えておきますと、日本がハワイを叩けばアメリカが講和を申し込んでくるだろうというのは「限定戦争」の考えかたです。「部分戦争」の考え方と言ってもいい。

 それに対して実際にアメリカが日本に仕掛けて来たのは「全体戦争」でした。

つまり其の国の宗教、道徳、教育、科学の力、国力の全てを賭けて一つの国を叩き潰そうとした。

 

第一次世界大戦も一種の全体戦争だったと言うことは確かに言えます。その第一次世界大戦を日本は本格的に経験していなかったため世界の流れが限定戦争から全体戦争に移っていることに気づかなかったのではないでしょうか。

 その迂闊さは否定出来ません。

 我々は、限定戦争を戦っているという日本側の誤算と言えば誤算だったのではないか。

 

4.           ハワイ占領とパナマ攻撃は果たして誇大妄想だったか。

  

  ハワイ占領の政策はある意味で正論でした。あの奇襲攻撃の直後にただちに全島を占領し、軍政を敷いて米本土攻撃の拠点作りをするべきであったという反省は当然日本の軍政府にもありました。今、振り返ってもそうすればルーズベルトの計略は失敗に終わり、米国参戦へのキャンペーンも発動出来なかったかもしれません。

 

 いずれにせよ、パールハーバーの破壊は不徹底でした。第二次攻撃を何故しなかったのでしょうか。粘り越しのないこの淡白さが日本人の弱点であったことは間違いありません。

 

  パナマ攻撃ですが連合国側はパナマ運河を通れば大西洋の艦隊が簡単に太平洋に移動出来ます。パナマ運河というのは欧州の戦争と太平洋の戦争を連結するための運河ですから、日本がここを叩けば太平洋と大西洋を切り離す事が出来る。非常に大事な戦略地点です。

 そこで日本側もパナマ攻撃は当然意識していました。

 

「そして最後に残された問題は、パナマ運河は一体どうなるかということである。

パナマ運河は、ハワイから4600海里以上の距離があるし日本から8000海里も離れているからこの攻撃は容易ではない。しかも、しいて之を断行するとするならば極めて小部隊のものが奇襲するほかないのである。」

 

 パナマを破壊しておけば、ここを復旧するのが講和条件の一つになるが艦隊を先に叩いておけば其の必要がないのではないか、というようなことまで言っているわけですから、戦後の自閉的になった日本、引っ込み思案の弱気の日本からは予想もつかない計画が考えられていたのですね。

 

 今、そうしたことを知るのはとても大事な認識ではないでしょうか。今からすれば、「そんなこと、ありえないじゃないか」と思われますが、そう思うのは当時と今ではパラダイムが変ってしまったからなのです。そこを見逃しては歴史と言うものが見えてきません。

 

5.           日本を侮れないぞと必死に瀬踏みしていたアメリカ

 焚書:「極東危機の性格」雨宮広知訳偏。John Gunther. Rupert Emerson 著。

 高山書院。昭和16年12月発行。

 

 続く

 

 

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GHQ焚書図書開封を読む

2011/01/01 22:00

 

 

GHQ焚書図書開封」西尾幹ニ著。徳間書店。2008年6月発行。

 

この本を読み、紹介されている焚書対象本を見ると戦前、戦中の白人国家による日本の差別,非礼、侮辱の様子が良くわかった。

 

 「米英挑戦の真相」昭和18年6月、毎日新聞社から出版された大東亜調査会編。

 

この本は、一番早い時期に焚書された書物の一つである。

 ABCD包囲陣の勢力が日本を取り巻いていた。その包囲陣について日本は全部知り抜いていた。一番最後に「対日包囲陣の悪辣性」について書かれている。

 

「米国が日露戦争直後より今次開戦直前に至るまで、或いは排斥、或いは圧迫、果ては弾圧など、わが国に加えた侮辱と非礼とは、世界4千年の国交史に稀なものであり、又、英国が明治維新前後より日清戦争まで、そしてワシントン会議より今次開戦直前まで、わが国に対して取った態度も、これまた米国と何れか烏の雌雄を知らんやの顔で、ただ米国の如き暗愚下劣なる露出症的態度でなかったというに止まる。

 

過去幾多の米英の対日外交振りを見れば、その内容の暴慢なるは勿論、其の態度や傲岸、その言辞や横柄、なすところは悪辣非道筆舌をもって形容し難き物があり、顧みてよくも我々の先輩はこれを堪忍してきたものだとその自重の裏に潜む万克斛の血涙を、そぞろに偲ばざるを得ない程である。」

 

これだけ読めばずいぶん激しい言葉に聞こえるかもしれないが、ABCD包囲陣の「悪辣性」についてはこれ以前に詳しく書いてありますので説得力のある記述ですと著者は言う。

 

日本の戦争が「一等国民」のプライドの戦いであった、目に見えない敵、西欧合理主義との戦い、明治以来の自分自身との戦いであったと先に述べたことにも関係が有る。

 日本政府が対日包囲陣のもっている手強さと強固さ、そしてそれが持つ恐ろしさを知っていたということだ。

 

・・・・・・・ 著書引用終わり・・・・・・・・・

 

 私は、今までこういう本に出会うことが出来なかった。そして、我々は、日本の軍部が無謀な戦争をして日本を壊滅させたと言われていた。また、軍部の暴走で敵を良く知らずに起こした戦争だという左翼の意見に反論し得なかった。戦前が悪だったということにも反論出来なかった。軍部が臥薪嘗胆せず何故、英米との無謀な勝ち目のない戦争に突入してしまったのかと考えることもあった。

 

それは、戦前、戦中のことを書いた日本の政治、軍事、歴史、思想、文明、道徳、外交と宗教について書かれた本を簡単に読むことが出来なかったからだと思う。

 

国民に秘密にして焚書されて再出版されなかったため戦後の日本人は、GHQの洗脳に見事に騙されてしまったのだと思うのである。

 

 大東亜戦争で占領軍の統治を受けずに講和に持ち込んでいれば今の日本の国難や国を売る情けない日本人はこうも大量に生まれなかったであろう。

 

・・・・また、著書からの引用・・・・・・・・・

 

正直言うと私も当時の政府がなぜ日独伊三国同盟を結んだのかと遺憾とすることがあった。しかし、例えば昭和15年頃の日本人がどのような認識を持っていたのか、或いは世界がどのように日本を見ていたのか、そして世界史はどんな風に動いていたのか・・・ということを考えに入れないと、当時の日本人は愚劣だったということで終わってしまいます。でも必ずしもそうではないんですね。

 

松尾樹明という人が書いた「三国同盟と日米戦」と言う本がございます。

これを読んでいつと大変面白い印象を持ちましたのでいくつかの箇所を引いておきましょう。まずは、「アメリカ艦隊の小笠原占領」という章から。・・・・・・・・・・・・

 

次に続く。

 

 

 

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またしても情報戦における大敗北

2010/12/11 22:21

 

【正論】東京大学名誉教授・小堀桂一郎 尖閣映像とハル・ノートの教訓

2010.11.24 03:04

このニュースのトピックス領土問題

 沖縄の尖閣諸島沖で発生し、日本側の完敗を以(もっ)て終つた中国漁船衝突事件について、論評・提言の類は殆(ほとん)ど出尽くし、今は敗北といふ結末の事後処理の段階に入つてゐる様(よう)に見える。処理の焦点の一つは、中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた現場のビデオ映像が11月上旬、巷間に流出した出来事の意味と、その責任問題である。

 この新事態のために、事件の最大の論点である、中国の国家意志を体して行動した疑ひの濃い漁船(むしろ工作船か)による我が国の主権侵害といふ大問題が、作為的に影を薄められ、乃至(ないし)は問題の掏(す)り替へが生じてゐる。これは甚(はなは)だ危ふい事である。

 この事件の処理をめぐつて、筆者は当初から、あのビデオは政府の方こそが進んで国民に向けて公開すべきだつたとの強い意見を抱いてゐたので、以下、その根拠について書く。

 ビデオ非公開で69年前を想起

 9月8日に石垣海上保安部が逮捕した中国人船長を、那覇地検が24日になつて外交的配慮(といふ越権行為)を以て釈放し、仙谷由人官房長官がこの処置を政府として了承すると言明した時点で、そのビデオは船長の裁判に提出さるべき証拠資料としての意味を失ひ、従つて機密性も失つたと見倣(みな)される。

 さうである以上、政府は国益の見地を第一に重視し、ビデオに映つた全場面の公開を決断して事件の真相を国民に知らしめるべきだつた。その上で更(さら)に、自然の経過として同じ映像が国際社会の広く知る所となり、事件の責任の所在については国際社会がその判断を下す、といふ方向に事態を持つてゆくべきであつた。この方策は今からでも遅くはない。やればできる事である。

 この方式による外交的解決を我々(われわれ)に示唆してゐるのは、我々が残念ながら生かすことなくして終つた或る歴史の教訓である。

 今から69年前の同じ11月、我が政府は野村吉三郎来栖三郎といふ2人の大使を米国に派遣し、泥沼に陥つてゐる日支事変解決のための日米交渉に当たらせてゐた。交渉は4月半ばに始まり、7箇月を経過しながら妥結の曙光(しょこう)は見えて来なかつた。戦争回避を至上命令としての日本側の度重ねての譲歩的妥協案に対し、米国側は日本国の苦しい内情を完全に読み抜いての上で、時間稼ぎの冷たいあしらひを続けてゐた。そして11月26日、その傲岸(ごうがん)酷薄によつて史上に悪名高いハル・ノートを突きつけてきた。

 実質、宣戦布告の外交文書

 これは、国務長官ハルの名を帯びてはゐるが、実は米国務省に喰ひ込んでゐたソ連の情報工作員が起草したといふ事実が後年、暴露されたことで、二重に有名になつた外交文書である。この文書の怪奇な性格についての穿鑿(せんさく)は今は措(お)くが、その文面を見れば、これは明らかに交渉打ち切りの最後通牒(つうちょう)であり、事実上の宣戦布告だつた。戦争を以ての脅迫を含んでゐない、外交交渉上の要求といふ外見を有してゐるだけに、一層、狡猾(こうかつ)悪質な挑戦状だつた。

 この文書を受け取つた、時の外務大臣、東郷茂徳は、回想記『時代の一面』の中で、その時受けた衝撃を〈自分は目も暗むばかりの失望に撃たれた〉と、以下綿々と断腸の思ひを綴(つづ)つてをり、これは読む者をして深甚の同情を覚えさせる悲痛な感慨の吐露である。

 筆者も亦(また)、外相としての東郷の開戦前夜及び終戦工作での尽瘁(じんすい)と苦衷に対する敬意、そして戦後の悲運への深い同情を持ち続けてゐる者であるが、それでも猶(なお)、彼のこの時の政治判断に一抹(いちまつ)の不審と遺憾の念を禁じ得ない。

 公表せず米開戦意志を隠蔽

 東郷は、ハル・ノートが既に戦争を意味する事を明白に認識したにも拘(かかわ)らず、〈交渉は御前会議で正式に決定する迄(まで)は外務省側で打ち切ることはできないので、出先に対しても交渉決裂の印象を与へぬやうにとの注意を与へた〉と書いて、その章を締め括(くく)つてゐる。是によつてみれば、東郷はハル・ノートの内容を国民に向けて公表するといつた発想を全く有してゐなかつた。その内的動機は敢へて臆測しないが、これで結果として、米国の断乎たる開戦意志の恐ろしさを国民の眼から隠蔽(いんへい)することになつてしまつた。

 もしこの時、外務省ハル・ノートのせめて摘要(てきよう)でも国民に公表してゐたら、国民の激昂(げきこう)は収拾・鎮静の限度を超えてゐたかもしれないが、然(しか)し、当時の日本は輿論(よろん)のみで開戦の時期を早める様な政治形態にあつたわけではない。

 より重要な事として、国民が知り得た日米交渉決裂の真相は外国の通信網経由で海外に溢(あふ)れ出、広く国際社会の知る所となり、日米戦争は実は、真珠湾の奇襲を以て始まつたのではない、ハル・ノートの挑発こそが日米開戦の号砲だつたのだ、との認識を世界に広め得たであらう。その結果として、大東亜戦争の原因は全(すべ)て日本の侵略的意図にあるといつた世界の誤認を予防する効果は十分にあつたはずである。(こぼり けいいちろう)

 

 

 小堀先生のご指摘は正に正論であります。あの時、国民に公開しておけば

国民はものすごく怒っただろうけれど米国の戦争挑発意志を知ることによって

真剣に議論されたに違いない。何故、米国は日本をここまで挑発するのか、そして対独戦争に参戦したいからだろうと推測した論調も現れたであろう。

 

また、世界中に米国の挑発が知れ渡りこれでは、日本が対米開戦を始める可能性があることが国際社会に認識されたであろう。

 

また、米国にも伝わり米国民は、大統領の約束違反を責めたであろう。

良識的な、アメリカの新聞は、ルーズベルトがアメリカヨーロッパ戦線に参加しないと公約して当選したことを指摘したはずである。

 

また、ハワイの海軍首脳部は、日本がハワイ攻撃する可能性を考えて防備を厳重にしたに違いない。

 

そして、日本の真珠湾攻撃は事前に察知されて不成功に終わったかもしれない。不成功に終わってもかえって良かったかもしれない。

 米国民が「リメンバー・パールハーバー」と言って一致団結することがなかったからである。

 

日露戦争においては日本軍は情報戦において巧みであった。例えば、明石駐在武官がロシアに共産革命を起こすことに活躍して実際に革命が起きつつあってロシアが戦争継続出来なかったことがある。

 

日露戦争後、日本人に驕りがみられ、情報戦において失敗している。

例えば、駐米大使らは、ルーズベルトが戦争不参加を表明して当選したことを本国に伝えていないのではなかったか。米国民が戦争を望んでいないことを分析して強く報告していなかったように思える。

 

だから、真珠湾攻撃が終わってから宣戦布告書を手渡す間抜けな事をしてしまい日本は卑怯だということを世界中に喧伝されてしまった。

 

日本軍に関しても暗号を解読されているのではないかと疑わず暗号変更をしなかった。そして何故、米国の暗号解読の努力をしなかったのかも疑問である。

 

確かに、日本の戦国時代を見ても日本人の戦争は卑怯なことを嫌い正々堂々と勝負する武士の伝統があったが、外国人相手の戦争は、相手が戦争に於いても卑怯で残忍であることをあまり認識しなかったように思う。

 

 今回の尖閣映像も折角取得したのだから世界に公開するのが情報戦において有利な立場になることが出来た。国際社会は、中国の行為を非難した筈である。

 

中国は、情報戦においてしたたかで軍隊は強くないけれど情報工作に長けており戦わずに勝利したこともあった。

 中国に配慮する間抜けな左翼政権だから信用できないけれど。

 

中国共産党は、日本と戦わずに日本の作った満州国の工場や鉄道や資産を活用して国民党に勝利して中国全土を手に入れしかも、国連の常任理事国になった。

 

大東亜戦争は情報戦に於いて敗れたのである。戦後、日本人はその苦い経験を生かすことなく情報省を作らず日本をスパイ天国にしてしまった。

 

そして、日本内部のスパイによって国家解体の危機を迎えている。

静かな、情報戦に気づかずテレビや新聞を見て何も言わないし書いてないから日々を安心して過ごしている日本人が多いだろう。

 

しかし、インターネットの世界で我々は、常に緊張と不安に脅えている状態である。戦後65年もたってこういう戦争になるとは夢にも思わなかった。

 

日米安保によりかかり米軍が守ってくれるから日本は安全だと思い込んでいた。しかし、外国の傭兵は国内での戦争には役に立たない。やはり日本国軍が必要だったのだ。こういう事態は、国軍が決起して愛国草莽の志士と共にクーデターを起こす以外にないのだがそれも天皇の軍隊、国民の軍隊でないから動くことはない。

三島由紀夫の予言は正しかったのである。

 

 

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読書日記「国体を構築することは出来ない」

2010/12/10 22:09

 

読書日記:「国体を構築することは出来ない」

 佐藤優著「日本国家の神髄」(禁書「国体の本義」を読み解く)。・・・・・より抜粋したもので著者の考えに納得して成る程と思ったところです。( 本書P20~P24)。

 

「本文より抜粋」

 ここで一言述べておきたいことがある。それは、国体を発見するものであるということだ。国体を構築することは出来ない。

 この基本を押さえていない憲法論議は極めて危険だ。日本の伝統において「目に見えない憲法」が存在している。この「目に見えない憲法」こそが国体なのである。

この国体を、所与の歴史的条件の下で、文字にしなくてはならない部分だけを文字にする作業が憲法制定であり、憲法改正である。

 人知によって、政治エリートが考える理想を記した憲法を構築するという発想は、わが国体に合致しない。人間の理性に基づいて、理想的な社会や国家を構築できるという発想自体が1789年のフランス革命のときに議長席から見て左側に座っていた人々、即ち左翼の思想なのである。

 左翼は、人間は誰も等しく理性を持っていると考える。従って、完全情報が与えられているならば、人間は理性に基づいて、共通の結論に至ると考える。

 左翼にとって真理は一つなのである。現行憲法を改正して理性に基づいて、理想的な憲法を作ろうという発想に左翼思想の罠がひそんでいると私は考える。

 

 これに対して、フランス革命のときに議長席から見て右側に座っていた人々、即ち右翼は、人間の理性には限界があると考える。ここで重要なのは、右翼は理性を否定しているのではないことだ。理性の限界を強調しているのである。

 各人には偏見があるので或る人がいくら理性に基づいて、客観的かつ考えている積りであっても、偏見から完全に逃れることは出来ないのである。

 裏返して言うならば、限界の内部においては右翼であっても理性に基づいた議論をすることは当然のことである。

 ただし、右翼は、理性の限界の外においてこそ人間の真価が表れると考える。

私自身の立ち位置は、右翼である。これを国家との関係に即して述べるならば国体を肌で感じることが出来る者が右翼なのである。

( 中略 )。

 

 自己の栄達や保身のために「保守」や「右派」を自称する人々には自己の言説や行動の裏付けとなる思想がない。これに対して、私の理解では右翼には確固たる思想がある。

しかし、その思想は論戦における論理整合性のみに依存するものではない。

 個々の局面において一見、情に基づいて行き当たりばったりのような行動をとっているように見えるが、一段高い所から見ると(哲学の言葉で言うならば、メタの立場で見ると)

首尾一貫した人生観、世界観によって貫かれているというような思想だ。

 人間の生き死にの原理となるような思想である。

 

南北朝時代に、南朝の忠臣北畠親房卿が「神皇正統記」の冒頭で「大日本者神国なり」

(おおやまとはかみのくになり)と喝破したが私の理解では、これこそがほんものの右翼思想なのである。

 日本の右翼思想はわかりにくい。そもそも日本人は「言挙げをしない」ことを文化とする。重要な事柄は言葉にすることは出来ないし、また、言葉にしなくてもわかっているということが共通の了解だ。

 

 「神皇正統記」の研究者として高名な山田孝雄氏は、日本人の国体観についてこう指摘する。

 「惟うに、我が国体はわれら日本臣民にとっては自明の事であって今更解説を要しない事である。それ故に、古来の史実に徴して見ると、国家太平にして国体に何の申分もない健全な時代には何らの言論もまた何らの史実も伝わっていないのである。

(中略)我々日本臣民が国体について何かを考え、何かを説くことが必要だと考えるようになったのはその国体について何らか問題を生じたからであろう。国体そのものは古今を通じて易らないもので有り、また、易ってはならないものであるけれども、その国体について人々が何か考えを生じた時にこの国体についてやかましい議論が生じるのである。」

( 山田孝雄「肇国の精神」文部省教学局、昭和13年。)

 

 山田氏の指摘の通りである。人々が国体について様々な議論をするということは、国体観の動揺や衝突があるということだ。

 古来より伝わる正しい国体観に戻そうとしたのが親房卿なのだ。この親房卿の復古維新の精神を現代によみがえさせることが本書の課題でもある。(抜粋終わり)。

 

「私の読書感想」

 1.左翼と右翼の違いがよくわかった。民主党の左翼の人々は、自己の理性に自信があるようだ。鳩山元首相も理性で考えて国家を超えて人間は仲良く暮らす理想の世界を夢見て皆がそういう考えを持つはずだという自信があったと思う。沖縄ばかりに基地負担を押し付けていいのだろうかと理性的に考えて県外に移設と考えたと思う。

 しかし、現実を見ようとしない。中国という国と共同体を作り中国人や朝鮮人や日本人は仲良く暮らせるはずだと考えたと思う。

 しかし、現実は中国は日本を中華権に併合しようとしているのだ。そういうことを考えたことはなさそうだ。人間は理性に基づいて共通の結論(人間は平和を求める者である)と考えると確信しているのだ。

 

 又、金持ちの息子は生活の心配をせずに勉強を続けることが出来るから共産主義も十分に勉強出来たに違いない。彼らは、人間の理性に限界があるとは考えない。

 知識人ほど左翼が多いのはそういう原因がある。貧乏人は、生活に手一杯で共産主義や理想主義を勉強する暇がない。昔も今も金持ちの子に共産主義者や左翼が多いのである。

 

 2.国体の本義は、昭和12年に刊行されたが西洋文明の流入により我が国体と我が文化に危機を感じたから出版されたのである。

 

明治維新も西洋列強の侵略の危険性が押し寄せ、勤皇の志士たちが国体についての問題を議論し尊王攘夷思想が生まれた。幕府があまりにも朝廷を蔑ろにしたので王政復古となり倒幕の内戦に進んだ。

 

南北朝時代も大化の改心も国体について問題が生じたからである。

 

3.現在の日本もまた国体の認識が低下し国体を無視して理性だけを絶対視した考えで憲法改正をしようとする危険がある。また、天皇の権威を奪い象徴に祭り上げた現憲法の信奉者たちが天皇陛下より偉いと考えて強引に中国人に会見させる様なことがおこる。

 国民主権という言葉に踊らされて現在の国民は陛下の臣民であると思わない。戦前、戦中生まれの日本人が減少しているから臣民と思っている人が減っている。

 そのような危機を感じて、著者は「日本国家の神髄」というこの本を出した。私も、今頃になって「国体」とは何かを真剣に考えるようになった。

 

大東亜戦争の終盤に国体護持を掲げて政治家や軍人が苦衷の決断をしたことがわが国にとって最大の国難であったが何とか乗り越えた。

 一応、国体を護持しえたのであるから占領軍が去った後、憲法改正や皇室の問題を政治家は考える必要があった。しかし、岸元首相以外後に続く政治家が考えなかったことが今の日本解体の危機を招いている。

 思えば、安部内閣が戦後体制の総決算を考えていたが、それに危機感を持った左翼の反撃が効を奏して左翼内閣が誕生してしまった。

 

 今、明治維新以来の内戦であり、武器を使わない情報戦争であるがやはり日本人は国体護持を掲げて戦うべきであると思う。左翼は、最終目標として皇統の断絶を考えている。

 だから、男女共同参画や夫婦別姓により家族解体をなし天皇家の解体を目指している。

外国人参政権を与えれば、中国人や朝鮮人は万世一系の皇統をつぶしたいから其の方向に動く。そして人権擁護法案により国体護持を掲げる愛国右翼を標的にする筈である。

 日本人が天皇陛下の下に団結することを恐れている。我々日本人は古来から「海ゆかば」の精神を持ち続けてきた国民だからである。

 今後、どのような展開になるか予想出来ない。複雑な問題が次々に起こるだろう。

頼りになるのは愛国草莽の決起でありより多くの日本人に問題を知らせ拡散して共に戦う同胞を増やすことであろう。多くの同胞が再び勤皇の志士として大きなうねりを作り出すことを期待してやまない。

 

 

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日本国憲法に見る曖昧な主権の概念

2010/11/28 23:48

 

日本国憲法に見る曖昧な主権の概念

 

 国家とは、人民と領土と主権、この三つの因子が必要にして十分な構成要素であると定義される。

 日本国家を形成する人民とは日本人である。領土に関しても我々は疑わしい問題は持っていない。北方領土の問題はあるが、あれは戦争状態の継続である。

 主権については、一般的な合意が成立していない。

 

主権とは何か、憲法を手掛かりに考えてみる。

日本国憲法の前文には、「ここに主権が国民に存することを宣言し・・・」と言う文言がある。第一条の天皇陛下の御存在を規定下部分には「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」という言葉を使ってある。

 

これは「国民が主権の所有者である」という意味に読めますがそれは明白な誤りです。

これは、米軍の占領下であるにも拘わらず日本国は国民が存在する以上、主権も保有する。

従って憲法制定権も存するという理屈を自らの為す不正の弁解として述べて入るまでのことです。

 しかし、これも一つの虚構に過ぎないということをよくお心得下さい。

 

この憲法が制定、いや採択をされた時、日本国の主権は、国民にも天皇にもなかった。

法人においての国家にも十全な意味においてもありはしなかったのである。

 

国家主権の内容、即ち国家における最高権力とは何かと言えば、それは一つの国における憲法制定権力に代表されると理解される。

 憲法は言ってみれば国家基本法である。ところが、日本国憲法は周知の如くアメリカ製である。アメリカの占領軍司令部のほんの一握りの軍人軍属が六日六晩で書き飛ばしたという即席の英文憲法である。

 

当時の日本人は日占領国の民であり、主権はおろか言論、表現の自由さえ享受していなかった。

 当時の日本国民が他の国から押し付けられた憲法の中で、憲法制定権力というほどの最高権力が人民にあるなどと妄説を宣言している。これは、矛盾という様な言い方では足りない、 何か途方もなくこっけいで悲惨な状況ではないかと言う気がします。

 

次に、憲法前文の終わりの方に「政治道徳の法則は、普遍的なものでありこの法則に従うことは自国の主権を維持し他国と対等関係に立とうとする各国の責務である。」と言う言葉がある。

 言い換えると国際社会における一国の行動の自主決定権だと言ってよいでしょう。

 

このように前文の中においてさえ、国語としての「主権」と言う言葉が二つの意味を異にした脈略で用いられ現実に存しないものをあたかも実在するかのように装ってそれでともかく通用しているのですから主権という言葉の一義的な定義について広い合意が成立しているとは考え難いのが現実である。

 

 次に明治22年制定の「大日本帝国憲法」についてみますとここには主権と言う表現はありません。

 しかし最高権力という意味で用いられている表現は天皇条項と言われる第四章にある。

天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行ウ。」という簡潔な表現である。この統治権の総攬が国家の最高権力であると考えられる。

 

日本国憲法」においては「主権が国民に存する」という言い方をしているけれどその主権にもし統治権という含みがあるとすると現憲法においては、国民が統治権を有すると言う意味になる。これは幾らなんでもおかしい。

 

国民というのは明らかに統治の対象であり、統治の主体ではないはずです。

このように主権の概念はなはだ曖昧なものです。このことを一応わきまえた上で、我々は今此の場合では主権と言うのは一国家の対外独立権である、或いは国際関係における自主決定権であると理解してよいと思う。 

 

ところで、この自主権には力の裏付けがなくてはならないと言う考え方が当然生じてきます。国家が自主決定すべき選択肢は色々あると思いますが、其の中の最高の項目、それは疑いもなく国家が存立する、国家というこの存在を維持確保する権利でしょう。

 つまり、個人の場合は、基本的人権の中で最高の内包は生存の権利であります。

それと同じ事で国家の場合は国家が自らの存在を維持する権利であります。

 そうしますと主権概念の中ではなはだ大きな比重を占めているのが自己の存在を維持し、防衛する権利だということになる。

 

つまり、国家意志の自主決定と言う権利が妨害された時、其の妨害を跳ね返して、その決定を貫き通す力がなくてはならない。力の裏付けを含んだ国家の自主決定権、これが我々が普通に考える国家主権の内容であると見てよいと思います。

 

 

以上、 「国民精神の復権」小堀桂一郎著、PHP研究所発行、1999年発行より抜粋。

 

 日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

第1章 天 皇

 

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 

 

私の主張:日本国憲法について

1.「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」と書いてあるが 日本政府も戦争をしたかったわけではない。米国がハルノートを突きつけたが、それは日本帝国の50年にわたる日本の大陸政策、対外戦争の成果が完全に無駄になるということであった。日清戦争前の状態に戻ってしまう。

 

およそ独立国としての名誉とか民族の誇りを踏みにじるような処置であった。

アメリカこそ自国のことのみに専念して他国を無視しているのである。

 

2.「ここに主権が国民に存することを宣言し・・・・」という文言がある。

また、第1章、天皇。第1条に「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とありますが、天皇の地位は、主権の所有者である国民の総意で変更出来るとも取られる。

 

もし、国政選挙で勝った政党が国民の総意によるから天皇に命令出来ると考える者も出るだろう。小沢一郎氏は、だから中国の次期首席に会うことを命令したに違いない。

 

また、小泉元首相のように皇室の問題であった後継者問題について皇室に相談せず、

専門外のロボット工学の教授に座長を任せ女系天皇に賛成の専門外の委員に議論させて女系天皇を実現しようとした。

 また、売国民主党の政府が天皇陛下を韓国に訪問させて謝罪させることも考えられる。

 

3、天皇は象徴ではなく日本国の統治者である。国民に主権があるから国民が統治権を有すると考える者も出る。それは、おかしいことである。

 

4.国家の安全と生存。

 「日本国民は、恒久の平和を念願し・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」と理想を高く掲げているけれどわが国の周囲の諸国は、不正義と不誠実と嘘つきで好戦的な諸国民ばかりである。

 

わが国の固有の領土を石油があるからという理由で島を掠め取ろうとする隣国がある。

 

大東亜戦争でわが国は終戦で武器を置いた隙にに軍隊が進入して北方の領土をどさくさに紛れて略奪した隣国もある。

 

はたまた、我が国の同胞を拉致して帰さず、また、わが国の技術や機械を盗み核兵器とミサイルを作り、火の海にしてやると脅かす隣国がある。また、反日教育をして併合して国を発展させてあげたのに感謝もせず逆に収奪されたといい散らしている国がある。

 みな、悪の隣国だらけでとても安全と生存を確保出来るわけがない。

 

5.結論

 

日本国憲法など後生大事に守る国民を理解出来ない。

 我が国体のほんの一部ではあるが文章で表現している「大日本帝国憲法」に戻したほうが良い。日本国憲法を採択する時に、大日本帝国憲法の無効を採択したのだからその逆をすればいい。そして其の憲法を時代に合うように改正していけばよいのではないか。

 それは、国会で過半数で可決出来ることである。

その前に、民主党を壊滅させねばならない。

 

 私が、高校生の頃、社会科の先生が、日本国憲法はすばらしい憲法で、前文が理想的で崇高であると言われて憲法小冊子を買わされた、そして前文を暗記したのを覚えている。

 其の当時は、純真であったので素晴らしい理想が書かれていると思ったことがある。

 

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