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国体の本義   その3

2010/03/23 23:57

 

 

 

 「国体の本義」 その3 「日本国家の神髄」、 禁書「国体の本義を読み解く・・・・佐藤 優著 (産経新聞社)



 

 「教育勅語の根本 ・・・・・「国体の本義」 17~20ページ


 

{「教育ニ関スル勅語」に「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と仰せられてあるが、これは臣民各位が、皇祖皇宗の御遺訓を紹述し給う天皇に奉仕し、大御心を奉戴し、よくその道を行ずるところに実現せられる。

 これによって君民体を一にして無窮に生成発展し、皇位は弥々栄え給うのである。まことに天壌無窮の宝祚は我が国体の根本であって、これを肇国の初めに当たって永久に確定し給うたのが天壌無窮の神勅である。


 

 皇位は、万世一系の天皇の御位であり、ただ一すじの天ッ日嗣である。

皇位は、皇祖の神裔にましまし、皇祖皇宗の肇め給うた国を受け継ぎ、これを安国と平らけくしろしめすことを大御業とせさせ給う「すめらぎ」の御位であり、皇祖と御一体となってその大御心を今に顕し、国を栄えしめ民を慈しみ給う天皇の御地位である。

 臣民は、現御神にまします天皇を仰ぐことに於いて同時に皇祖皇宗を拝し、その御恵の下に我が国の臣民となるのである。かくの如く皇位は尊厳極まりなき高御座であり、永遠に揺ぎなき国の大本である。}・・・・・・・・・


 

 私の感想:「現政府の閣僚、首相や幹事長や大臣たちは、臣民という観念がないように思う。まさに、皇祖皇宗や天皇の皇位について畏敬の念がないことに気がつく。小沢氏のように朝鮮人の血を引く者は根本的に天皇に奉仕し大御心を奉戴する心がない。

 やはり、我が国の臣民となる資格がないのである。そういう政治家達を指導者に選んだ国民も臣民としての自覚がないのである。

 これからの国民教育において小学生から、教育勅語を通して、また、日本の神話を通して義務教育で学習させる必要がある。そうしなければ、いつまでも我が国民はこの永遠なる天壌無窮なる我が国の国体を理解することがないであろう。」・・・・・・・・・・・・・

 

 著者の読み解き:「教育勅語は、教育基本法とは根本的に異なる。

教育基本法は、人間によって作られた法律であるので、国会審議によって改正、改悪することが可能だ。これに対して教育勅語は、高天原から伝わるわれわれの伝統を明治維新後の状況に置いて「発見」して、文字に確定したものである。・・・・・・・中略・・・・・・・・・・

 天皇は、高天原の神々と直結している。このことに対する信頼が君民共治という日本独自の国家体制を生み出しているのだ。

 ここで重要なことは、知(智)、徳、力という世俗的基準で皇統を評価してはならないということだ。天皇はそのような人知を超越する存在なのである。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 私の感想:「まさに著者の言うとおり教育基本法とは違う尊いものである。

 まして米国人によって作られた教育基本法とは根本的に異なる。

 この、「国体の本義」原文を写しているとパソコンに高御座とか、皇宗、

神裔、現御神、御恵など熟語が載っていないので苦労する。難しい漢字でも

多く載せて欲しい。これも、GHQによって漢字簡略化の方針で改悪させられたものである。いかに、GHQは徹底的に我が文化を破壊したのかを今更思うのである。文明国の大日本帝国に対していかに戦勝したからとはいえ国際法を無視した彼ら白人の仕打ちを許してはならない。」・・・・・・

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国体の本義  その2 (肇国)

2010/03/02 01:46

 

 

 国体の本義  その2  ( 肇国 )                                                                                                    佐藤 優著:日本国家の神髄・・・禁書国体の本義を読み解く

     

 「国体の本義」は、昭和12年、文部省教学局により発行されたがGHQによって禁書にされた。

  

 「著者の読み解く作業仮説」・・・・・・・・・

「国体の本義」を、国体明徴運動の結果生まれた非合理的な神懸り的テキストで、このような極端な思想によって、日本は戦争への道を歩み、破滅したという見方は間違いである。

 「国体の本義」は、国体明徴運動の結果、生まれかねない非合理的、神懸り的な観念論を阻止するために、欧米思想と科学技術の成果を日本が取り入れることを前提に、現代国際社会で日本国家と日本人が生き残る事を考えた当時の日本の英知の結集であるというのが私の理解だ。

  

 現実から遊離した観念論を弄び、近代科学技術の成果を否定し去ってしまうと戦艦大和も、海軍零式艦上戦闘機、陸軍一式戦闘機[隼」などの最新兵器を作る事が不可能になる。近代科学技術には、それを成り立たせる思想がある。このことを[国体の本義」を執筆した人々は正確に理解していた。・・・・・・・・・・・・・

 

「国体の本義」の構成

 

1.本書は国体を明徴にし、国民精神を涵養振作すべき刻下の急務に鑑みて編纂した。

.我が国体は宏大深遠であって、本書の叙述がよくその真義を尽くし得ないことを懼れる。

1.本書に於ける古事記、日本書紀の引用文は、主として古訓古事記、日本書紀通釈の訓に従ひ、又神々の御名は主として日本書紀によった。

 

目次

緒言

第一 大日本国体

 一、肇国

 二、聖徳

 三、臣節

 四、和と「まこと」

第二 国史に於ける国体の顕現

 一、国史を一貫する精神

 二、国土と国民生活

 三、国民性

 四、祭祀と道徳

 五、国民文化

 六、政治・経済・軍事

結語



 

{ 緒言 }「国体の本義」1~2ページ

 「著者解説」・・・・・・・・・・・・・

 欧米文明の背後にはそれを支える思想がある。その思想に関して、日本人はあまりに無自覚であるために、混乱が生じている。近代化を可能にした欧米の思想は、個体がすべてであるアトム(原子)的世界観を基本としているのである。ニュートン力学を基本とする物理学のモデルと個体の経済活動を基本とする資本主義の論理は、アトム的世界観という共通の価値観によってささえられているのである。・・・・・・・・・・・



 

{第一  大日本国体 }・・・・・・・・・・・・

 

 一、肇国         「国体の本義」9~13ページ

大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。

 これ、我が万古不易の国体である。

而してこの大儀に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する。これ、我が国体の精華とするところである。

  

 この国体は、我が国永遠不変の大本であり、国史を貫いて炳として輝いている。而してそれは、国家の発展と共に弥々鞏く、天壌と共に窮まるところがない。                        我等は先ず我が肇国の事実の中に、この大本が如何に生き輝いているかを知らねばならぬ。

 

 我が肇国は、皇祖天照大神が神勅を皇孫ニニギノ尊に授け給うて、豊葦原の瑞穂の国に降臨せしめ給うたときに存する。

而して古事記、日本書紀等は、皇祖肇国の御事を語るに当たって、先ず天地開闢、修理固成のことを伝えている。

 

 而して国常立ノ尊を初とする神代七代の終わりに、伊ザナギノ尊・伊ザナミノ尊二柱の神が成りましたのである。古事記によれば、二尊は天ツ神諸々の命もちて、漂える国の修理固成の大業を成就し給うた。

 

 かくて伊ザナギノ尊・伊ザナミノ尊二尊は、先ず大八州を生み、次いで山川・草木・神々を生み、更にこれらを統治せられる至高の神たる天照大神を生み給うた。

 

 天照大神の御稜威は広大無辺であって、万物を化育せられる。即ち天照大神は高天ノ原の神々を始め、二尊の生ませられた国土を愛護し、郡品を撫育し、生成発展せしめ給うのである。

 

 天照大神は、この大御心・大御業を天壌と共に窮まりなく弥栄えに発展せしめられるために、皇孫を降臨せしめられ、神勅を下し給うて君臣の大義を定め、我が国の祭祀と政治と教育との根本を確立し給うのであって、ここに肇国の大業が成ったのである。

 

 我が国は、かかる悠久深遠な肇国の事実に始まって、天壌と共に窮まりなく生成発展するのであって、まことに万邦に類を見ない一大盛事を現前している。



 

「私の感想」・・・・・・・・・・ 

 我が国の神話は、はるか昔の我々の先祖が語り継いで来たもので肇国の神話を読んで感動を覚えた。

 古事記に書かれているはるか昔の日本の島が漂い例えば遊ぶ魚の水の上に浮けるがごとしで神聖其の中に生まれたという語り事、伝承は古来の国家的信念であって、我が国は、かかる悠久なるところにその源を発しているのだ。

  

 このような神話を小学校から教えることは、我が国の本当の歴史教育であり、畏敬の念を育む。それを若い内から民族の誇りある歴史、悠久の歴史を体に叩き込む必要がある。さすれば、2600年も前から日本列島が神々によって修理固成されて出来上がり、そこに我々の祖先が住んでいた姿が心に蘇る筈である。其の結果、民族の共通の理解、民族の誇り、天皇への畏敬の念、皇祖皇宗への感謝の気持ちなどが育成されるであろう。

 

 そうすれば、間違っても「日本列島は日本人の物ではない」などと、皇祖皇宗に対して無礼な発言をする政治家などは現れないだろう。

 実に、戦後政治家や国民は神話とつながった我が国の歴史教育を放棄してきたため我々は重い罰を受けているのだ。

 

 そして、教育勅語の復活を怠り国民の道義の低下を招いている。一度の敗戦だけでいつまでも反省ばかりして自身喪失している時ではない。しかし、GHQはこの「国体の本義」に目をつけ禁書にしたことは敵ながら見事に徹底している。また、教育勅語を禁止し、皇室典範を巧みに憲法に刷り込みかなりの皇族を追放し皇室財産を取り上げ長い時間をかけて自滅するのを待っているのだ

 

 全て、皇室の衰退を企てた計画である。だから、限られた皇族で男系の跡継ぎがいなくなり女性天皇を擁立する企てが元首相によって実施されるところであった。皇室の問題を内閣で処理出来る仕組みが問題なのだ。

又、与党の幹事長が天皇の会見にまで権力を行使し天皇は内閣の命に従うべきだという不遜な発言をした逆臣が現れている。

 

 我々は、今、天皇に刃向かう勢力と内戦を戦っているわけである。共産主義は、天皇制と言う言葉を使い廃絶に追い込みたいのだ。

 若し、反日勢力が勝利すれば中華帝国や朝鮮が我が国に正体を現し天皇廃絶に動くだろう。そうなれば2600年も続いた世界最古の国体が破壊されることになる。さすれば我が国は奴隷国家になり永久に中華帝国の自治領になり歴史から消えてしまうであろう。

 

 この恐ろしい事態は夢でなく現実なのだ。我々の先祖が独立を守り領土を守るため戦争で命を投げ出してきたのはこういう事態を防ぐためであった。

 国体護持のため一身を国の為に捧げた尊い英霊の願いを踏みにじることがあっては申し訳がたたぬ。

 

 そういう事態を平気で喜ぶ内なる卑怯者を我々は、絶対許さない。自虐史観を教えられたからなどという言い訳は通用しない。何故なら、そういう状況の中でそれに惑わされない愛国の同士が大勢おられる。日本人としての遺伝子が我々を結びつけるのだ。

そろそろいざという時のために我々は、覚悟を決めなければならないだろう。

               

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2.26事件........今の世相は当時より深刻で危機的である

2010/02/27 00:24

 

 

 

 今日は、2月26日で昭和12年2月26日に陸軍青年将校によるクーデター、2.26事件があった日である。私は、2月23日が誕生日でこの時期になると「昭和維新の歌」を思い出す。20代の頃、友人に教わって覚えた。

 

 今の世は、あの当時の世相と似ていると言うより、今の方が、深刻で危機的であると思う。

 何故なら、民主党は売国政党であり党幹部や閣僚は共産主義中華帝国に奉仕して日本解体法案を提出しようとしている。反日の政治家、メデアがこの国を支配しているから国民が反日メデアに踊らされている。

 

 だから、国民はその危険に気づいていない。

マスコミは巧みに誘導し国民は洗脳されているのだ。

 今の日本は、敗戦により国軍を持たず、スパイや売国奴や逆賊を罰する法律もない。

 まして、天皇陛下に不遜な態度をとる者を、取り締まる法もない。我が国体が危機に瀕しているのに。

 

 自衛隊は正規の国軍でないため、又、天皇の軍隊でないため、或いは、自衛隊にかなりの反日のスパイがいるため秘密保持に難しく決起は期待出来ないだろう。

 今から40年前、1970年11月に三島由紀夫が東京市谷自衛隊駐屯地で切腹したが、

 その前に予言している。

「日本はなくなってその代わりに無機的な或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」と。

 しかし、今、残るなら良いけれど消えてしまう可能性があるのだ。

  

 それ故、我々は情報戦を戦っているが予断を許さない。国民にあらゆるメデアやネットを使って真実の情報を伝達し参院戦挙に勝利せねばならぬ。

 こういう状態を見たら、祖国を信じて後世の国民に託して国のため散華された英霊の方々はどう思っておられるのだろう。

 もし敗北したら我が憂国草莽の士は銃を取って内戦を戦うことになるのだろうか。

 

 さて、「昭和維新の歌」であるが、その歌詞は今の世に当てはまる。

 以前に、ユーザーブログで「憂国のシャンデリア」さんが歌詞を書いておられたが再度掲載することをご容赦いただきたい。

 

「昭和維新の歌」 

 三上 卓、作詞、作曲。原詩は、大川周明の

 「則天行地歌」による。

 

1.汨羅の淵に浪騒ぎ

  巫山の雲は乱れ飛ぶ

  混濁の世に我立てば

  義憤に燃えて血潮湧く

 

2.権門上に傲れども

  国を憂うる誠なし

  財閥富を誇れども

  社稷を念う心なし

 

 3.ああ人栄え国亡ぶ

  盲ひたる民世に踊る

  治乱興亡夢に似て

  世は一局の碁なりけり

 

4.昭和維新の春の空

  正義に結ぶ益荒男が

  胸裡百万兵足りて

  散るや萬朶の櫻花

 

 2.26事件の将校達はこの歌を好んで歌ったそうだ。あの時も今も世相は混沌としている。

 この歌の歌詞にあるように平成の世の今、政治の権力者は国を憂うる誠なく、財閥は社稷(国家、朝廷)を念う心がない。

 大企業は国益より社益を重んじて中国に進出し支那共産党の手先になっている。

 権力を持った者だけが栄えて国が滅ぶ危機がせまりつつある。

正に、一局の棋である。

 

 

 「昭和維新の歌」(青年日本の歌)

 

 ニコニコ動画、 映画[動乱」に歌詞が書いてあります。ご覧になりたい方は下記をクリックしてみて下さい。

 動画の貼り付け方法を知らないためご容赦下さい。

 

 http://www.nicovideo.jp/watch/sm5287311

 

 

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国体の本義 その1

2010/02/24 11:09

 

 

 

「国体の本義」について書かれた本、「日本国家の神髄」(佐藤 優著、 産経出版社)を読み非常に勉強になりました。今まで、「国体」に関する本を読んだ事がないし、また、このような「国体の本義」のテキストが昭和12年に文部省教学局によって発行されGHQの禁書処分を受けて以後、再出版されていなかったので目に触れることもなく出版社の宣伝もなく読む機会がなかったのである。

 A5版でゆっくり組まれた活字で、本文156ページのテキストだそうです。古本屋で是非、手に入れたい本である。

 著者の佐藤さんは、全文を各区分毎に原文で紹介されて所々、読み解いて解説されているのでわかり易い。原文は、文語体で難解な漢字を使用している。

 長い時間かけて再読して読み終わった時の感想は、何故、これを中学校、高校の歴史や道徳のテキストにしなかったのかという思いであった。

国民が、この教科書で学習していれば、左翼思想に染まり反日になる人が少なかったのではないか。

 

 天皇について本文で述べている一例を見ると、

天皇は天照大神の御子孫であり、皇祖皇宗の神裔であらせられる。天皇の御位はいかしく重いのであるが、それは天ッ神の御子孫として、この重き位に即き給うが故である。歴代の天皇は、天ッ神の御子孫として皇祖皇宗を敬いまつり皇祖皇宗と御一体になって御位にましますのである。歴代の天皇皆皇祖皇宗の神霊を崇敬し、親しく祭祀を執り行わせ給うのである。」(国体の本義、21~25ページ)

 

 {註}: 皇祖皇宗(皇室の御先祖の方々)。皇祖(天照大神をはじめ、皇業の基礎をひらいた神々のこと)。皇宗(歴代の天皇のこと)。

 

 著者の解説: わが日本の本質は祭祀共同体なのである。究極的に天皇の祈りによって日本国家も日本人も支えられているのだ。この祈りが天地開闢のときから断絶せずに行われていることを、われわれは感謝して受け止めることだ。、、、、、

 

 このようなことを国民が知っていれば皇室への感謝が自然にわき上がると思われる。内閣は天皇を自由に動かせると言う考える人物は、怖れを知らぬ逆賊である。民主党に支那における易姓革命を終局の目標としている政治家がいることがわかった。

 われわれは、彼らにどう向き合うべきか。織田信長は、天皇より上位の日本国王を考えていたため、明智光秀に殺されたのではないだろうか。

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民主主義は最良の制度ではない。

2010/01/30 12:15

 

 

 民主主義は最良の制度ではない。雑誌「正論」9月号に掲載された論文、板東真理子昭和女子大学長の「難病としての民主主義」を読み成るほどと考えさせられた。今の日本の政治情勢を読み解く鍵になる。その論文の内容を概略すると次のようである。

 

 古代アテナイの民主政は、ペリクレスという政治家によって制度と実質において高度な完成に導かれた。極めて清廉な政治姿勢を貫き15年間にわたった将軍職の在任期間を通じて彼の個人財産はびた一文増えなかったという。

 ところがペロポネス戦争の2年目に恐ろしい疫病がアテナイ市を襲い市民の3人に一人が死んだという。アテナイの民会はペリクレスの告発を決定する。そして重い罰金刑をかせられ次の年、病気にかかって死んだ。

 

 疾病と戦争によって家財や家族を失い「彼ら全体が各々ペリクレスに対して抱いた恨みは容易なことで収まらず」罰金刑が課せられることになったと「戦史」は語るのである。ペリクレスがいかに意を尽くして説明を行ったかを伝えている。

 重要なことは市民、国民の腹の虫が納まるか否かということであって納まらなければその「悪い政府」又は、「悪い指導者」には罰が下されなければならないことである。

 

 英国人ジャーナリストのビル、エモット氏の「準備の出来た野党などない」という論文を読めばよくわかる。

 彼は言う。民主主義とは、良い政府を実現するための方法ではない。これこそが民主主義の本質である。悪い政府を罰することー2千数百年前の古代アテナイにおける民主政以来、終始一貫して変わることのない民主主義イデオロギーの核心は正にこれにあるといって過言ではない。

 しかも肝心なことはここに言う「悪い政府」

「良くない政府」とはどういう政府なのか、何をもって「悪い政府」と判断しうるのか、その客観的判定基準が全く想定されていないということである。

 

 野党議員の仕事とはどんな仕事なのか。

それは即ちありとあらゆる事柄について政府与党と正反対の意見を言い、常に「政府を罰する」機会を伺うこと、更に一歩進めて政府を罰する機会を作り出すこと、それ以外ではありえない。

 

 もう一つ、政府を罰する役割を担った聖なる仕事と考えられているのがジャーナリズムというものである。(ビル、エモット氏の論文より抜粋)。

 

 

  3年程前、朝日新聞が「ジャーナリスト宣言」を出した。「言葉は感情的で残酷で時に無力だ。それでも私たちは信じている。言葉の力を。」という内容である。

しかし、どう見ても「普遍不党の地に立って」客観的な正しい報道を目指している人間の言葉ではあり得ない。

 その半年あまりの後に誕生した安部内閣に対して朝日はこの宣言どおりの仕方で「言葉の力」を用いたのである。

 安部首相に対する朝日の言葉は徹頭徹尾感情的であり、残酷さに満ちていた。

朝日の言葉の力はついに安部首相の体力、気力を奪い去って首相の座から追い落とすことに成功したのであった。

 

 アテナイの弾劾裁判にかけられるべき重大犯罪は三つあげられていた。

 第一は、民主政の転覆の陰謀、第三は議会での収賄だったのであるが、第二は「売国罪」であった。

 アテナイの民主政はアテナイに対する忠誠と表裏一体である。 

 日本においては民主主義国家をその自壊から守ってきた大事な防壁ー国防という発想ーが欠け落ちているということである。。。。。。。。

 (以上、坂東真理子学長の論文を私がまとめました。)。

 

 私はこの論文を読んで日本の民主主義は何が問題なのか良くわかり、また政権交代が何故起きたかがこれを読んで合点がいった。日本国民が自民党政府や政治家に対して腹の虫が納まらず自民党を罰するために民主党を支持したのだ。

 民主党が野党時代、何でも反対であったし、野党の仕事が政権担当のための訓練や経験につながっていないことがよくわかった。

 

 また、朝日新聞のような明らかな左翼偏向新聞に対して罰することも出来ない。

 民主党に応援する新聞やテレビ局が多いのでその影響が大きかった。

 そして、最も私が言いたいのは、政府や政治家に対してアテナイのように弾劾裁判にかけるシステムを作る必要があるのではないかということである。

 それは、もし手遅れにならない内に保守政党が幸運にも政権を奪回したならばという仮定の話であるけれど。

 

 私の考えとして重大犯罪として次のことを考えてみた。

1.売国罪

 民主党は、外国人参政権や人権擁護法案を提出しようとしている。これは、十分な売国罪になる。

2.国防不作為の罪

 民主党は国防政策について何も考えていないように見える。東アジア共同体は、中国との関係を深め中国に守ってもらう考えである。冗談ではない、中国の覇権主義を考えれば日本を中国の自治領にすることである。

3.民主主義政治の転覆の陰謀

 明らかに、民主党は社会主義独裁政治を行う可能性がある。中国北朝鮮のような一党独裁を狙う政党である。

4.わが国の国体の破壊

 この前の小沢発言に見られるように天皇陛下に対して畏れ多い発言をして恥じない政治家がいる、彼らは、わが国の国体についての知識が全くない。これは、驚きであるが戦後教育が彼らの洗脳を完全に実行した結果である。小沢氏は昭和17年生まれであるが、彼は大日本帝国の臣民として我が国体が皇統によって日本人と日本国家を成り立たせる権威が保たれているという認識がないことに驚く。

5..政治資金問題

 小沢幹事長のような政治資金を投機の対象にしたり地位を利用して巨額な賄賂を得たりすることは犯罪に当たる。

 詳細については、政治資金の法律によって定める必要がある。

 1から4までは、スパイ防止法のようなもので売国罪は重刑としたらどうでしょうか。

5は、政治資金規正法を改正したらどうか。。。。

 

 私は民主主義の欠点を補うためにそれを補完する法律を整備する必要があると思う。

それは、憲法よりも大事な民主主義を採用する国家としての根本問題である。出来れば、慣習法とか暗黙の了解ですめばよいのだが。

 国防について考えもせず、売国法案、亡国法案の成立を目指し国民のお金をばらまき後に続く世代に重い負担を強い狂気の政策を自分のイデオロギー実現のために国民を奈落の底に貶める政党を許すことが出来ない。

 これらの重大犯罪を弾劾裁判の条件にして法的整備を整える必要がある。

 日本を破滅から救う残された時間は短い。早急に保守政党が復帰して民主党の狂った政治を辞めさせて民主主義政治の安全弁を整えなければ常に民主主義が脅かされる。

 民主党の他にも独裁主義の牙を隠し持っている政党もある。例えば、公明党や幸福実現党のような宗教政党である。

 

 今、わが国は中国の軍拡や北朝鮮の核などによって重大な脅威にさらされている。だから、民主党のような幼稚な政党に権力を与えている暇がないのである。

 しかし、国民はその政党を選んでしまったので今更、仕方がないのであるが草莽堀起によってこの難局を打開するしかない。

 今、異国の地にあって救国運動に直接参加し行動出来ないので歯がゆいことでもあり申し訳ないと思っている。全国草莽の皆様の決起を心より応援する積もりであります。

 

 

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フイリピンの学校事情

2010/01/23 22:46

 

 私が日本語を教える機会を得たのは、この学校が初めてであるので、私の経験がフイリピンの全部の学校に当てはまるとは思えないのであるが大体は同じではないかと思っている。

 

 まず、小学校と高校で日本語を教えている学校は、少ないと思う。大学や短大で日本語の科目がある学校はマニラにたくさんあり、最近では地方にも増えてきており、介護士、看護婦やコンピューター技師を養成する学校に多い。

 

 それらの学校の学生は、日本への就職を目指しているから学習熱は高いだろうがこの学校では、普通の生徒でしかも、初等、中等学校であるから日本語を学習する意義などとは無縁であるから学習熱を比べると低いだろう。

 だから、授業でも皆が熱心に勉強するわけではない。比較的、女子が熱心に勉強するし試験の結果も良い。

 小、中学校のの各クラス週に1時間で何をどのように教えるかに苦労する。

   

 さて、最初は日本語教育ばかりに目がいっていたが最近、教育全体に関心が行くようになった。そして、日本の教育とどこが違うか、良いところや悪いところは何かを考えるようになった。

 それを私の経験、調査と観察した範囲内で述べてみたい。

 

1.授業時間が多い

 カリキュラムを見せてもらってびっくりしたのは、授業時間が多いことである。

 小学1年生でも週に30時間もある。

2年で30、3年で35、4年で36、5年で36、6年で38時間である。

 高校は、1年から4年まで38時間である。

 これを、日本の小学校(平成元年指導要録)と比べてみると週当たり、1年で25、2年で26、3年で28、4年から6年まで29時間であり、圧倒的にフイリピンのこの学校が多い。この、授業時間はフイリピンの平均だと思う。授業時間はフイリピンの教育省で決めている筈だからである。

 

 授業時間が多いとしても学習能率につながらないけれどフイリピンの1単位時間の授業時間は、主要科目で60分でその他の科目で30分から40分であり、日本の小学校の1単位時間は、45分であるから日本の授業時間が少ないと言える。

 それに、フイリピンの始業時間は7時半からであり、涼しい早朝から授業があるのは暑い国の知恵であろう。日本は、始業が8時50分からが多い。

 終業は、低学年で3時であり、高学年で4時半である。

 日本は、低学年で大体2時半、高学年で3時半である。

 

2.小学校では親が待合場所で待っている。

 親御さんが朝子供を学校に連れてきて帰りまで待っているのである。

 校門の外に屋根のついた長いすとテーブルがある待合場所があり、30人程の親御さんや小さな子供も待っている。そして昼休みには弁当を持って教室に来て昼ごはんを食べさせていたり、時々、教室を覗きに来たりする。

 小学生は、何か困ることがあればすぐ親に相談することが出来て心強いと思う。そういえば、看護室は用意されているが、いつも閉じていて医者や看護婦が詰めていたのを見たことがない。学校規則で決められているので学校も部屋を用意しているけれど雇う予算がないのであろう。ちょっとした、怪我をどうするかというと事務室に応急用の薬箱が置いてあった。

 その点、日本の行き届いた養護室とは比べ物にならない。

 

3.毎月試験がある

 前にブログに書いたが毎月、試験があり点数は75%を目標にしている。

 教師は、2ヶ月の試験後に生徒のグレードを決めて校長の許可をもらう必要がある。その評価は、毎月の試験の結果が30%でクイズ(小テスト)が25%、授業参加や行動が25%、出席が10%で宿題が10%とか決められている。

 テストが難しいともっと易しくしてくれと言われた。易しい問題を出して点が取りやすくすると生徒から良い先生と言われるなどとオウナーから言われたことがある。

 それでは、学力がつかないではないかと思ったことがある。

 

 それで、3月になって最後のグレードを出して4ヶ月の平均を出す。それが、75%以下だったらどうするかと思うが多分、追試験をやるのだろう。それと、試験前に試験料を払わねばならず、払っていない生徒は、無許可(ノーパーミット)と言って試験が受けられない。試験料を払わない生徒やグレードが75%以下の生徒は、原則として進級や卒業が出来ない。

 そういう、金次第という厳しい側面もある。

 日本のように、高校無料化などと言う親にも子供にも甘い制度は、きっと子供の学習意欲が減退することになるだろう。あまりにも贅沢な制度は、親の義務を軽くしてしかも、中等教育が6年間も続くのは無駄な時間を空費する結果になるだろう。どこからも、それでは5年間にしろとかいう意見が出ないのが不思議である。フイリピンでは、中等教育は、たった4年である。だからと言って学力がそんなに落ちるわけではないのではないか。

 貧しいゆえに4年間であって確かに、この国の庶民は、6年間も学費を払うのは大変なのである。富める国の学校は、6年間でしかも無料になることが、その国の将来にとっていいことなのか。

 国民にお金をばらまいて人気を取る政策は、将来、国民に負担としてのしかかり、生徒を甘やかし、次の世代の民族の力を弱くするだろう。

 

 今でもばら撒きを期待する日本の大衆の姿が以前の教育の結果であり、それを基盤にした選良の集まった政党の政治家がこの国を売ろうとしている現状では、今さら教育が国家の大事だと叫んだところでどうにもなるまい。

 

4.授業科目

 授業科目は、どんなのがあるか興味があったが、やはり語学は、徹底して英語とタガログは、1日、1時間から1時間半もある。主要科目では、数学と地理と歴史や科学があり、他には、音楽と体育、生活科や道徳などがある。面白いのは、音楽と体育と芸術をまとめた学科があることだ。大体のところ日本の科目とそれほど違いはない。

 この学校では、小学校と高校が同じ敷地にあるので交流が簡単で先生たちも両方の授業を受け持っている。

 

5.学校行事など

 今まで色々な行事を見てきたが、例えば、討論会や生徒会の選挙活動やマスカラのパレード参加やクリスマスを祝う会などがあった。一番、驚いたのは、クリスマス会で学校で一つの会館を借り切って夕方から始めた行事である。

 

 その行事は、校長が司会して市の教育関係者を招待して親にも会費を取って参加を呼びかけて開催された。小学生や高校生の歌や踊りや劇などが披露され、また、先生たちも参加するというすごい迫力のあるものだった。日本の学芸会のようだったが全員、出場するわけではなく学年毎や選抜生徒たちが休み時間や放課後の練習した結果が披露され、先生たちもいつ練習したのかという出し物があり、ダンスの得意な先生の出し物は拍手喝采を浴びた。生徒も先生も色々な得意な技を発揮して楽しいひと時であった。

 

6.学校の設備

 私立学校でそれほど豊かではない学校であるため教室にしろ運動場や職員室にしろ日本の公立学校と比べたら雲泥の差である。

 教室は、黒板と言っても板にペンキを塗ったようなもので凹凸があったりチョークで良く書けない部分があったり,教室ごとに大きさが違ったり色々である。

 不便なのは、チョーク受けがないのでチョークを置くときにいちいち教卓まで歩かねばならないこと、チョークは少し力を入れると折れてしまう柔らかいチョークしかないこと、黒板に鮮明に字が書けないことや照明が暗い、風通しが悪いことなどがある。やはり、暑い時期に風通しが悪いので扇風機があっても汗だくで授業せねばならない時もあった。

 

 そういう環境で生徒も先生も良く我慢していると思った。日本のように教員組合がないので給料が少ないのにしかも、授業時間は始業から終業までこなさねばならない。

 日本の教員は、恵まれており、給料が良く、授業の持ち時間はある程度、制限されている。また、学校の環境が良く設備が良いことを改めて実感した。

 

7、年間の授業日数

 フイリピンの学期は、6月からであり、夏休みが4月と5月にある。また、クリスマス休暇が2週間程度、10月に前期が終わり、後期の間に1週間程度の休みがある。また、土日が休みの学校5日制である。日本と比べても,大差がない授業日数であろう。

 

 昨年の6月からもうすぐ、1年になるが、良い経験をしたと思う。その経験から日本の教育を見直す機会になった。

 しかし、今の日本は教育問題より先に防衛問題が心配される政権になりまた、自由民主主義が社会主義に変える危険のある政権である。しかし、考えてみればGHQによってわが国の教育が歪められて戦後教育に毒された戦後世代が政権を取り、その政府がわが国の滅亡にかかわろうとしているのも正に教育の結果である。それが、わが国の不幸でありわれわれの不幸でもある。

 

 フイリピンにいて思うことは、日本人はフイリピンを馬鹿にしている人が多いけれど、しかし、この国は共産党は非合法であり共産党員は認められない国であるから日本のように共産党や社民党などは存在できない、だから社会主義に向かうことはあり得ない。

 

 また、キリスト教の国であるから、家族を大事にするし、堕胎は出来ないから人口は減る心配がないと思う。

 それに比べて日本は、家族を大事にしない国になり中絶を認めているから人口減と風紀が乱れる心配ある。

 この国の人々は、老後になっても家族が面倒みてくれる。だから、子供を大事にする。それは、一つの保険だからでもある。

 

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何故、フイリピーノは英語が得意なのか。

2010/01/18 00:38

 

 

 何故、フイリピーノは英語が得意で上手に話せるのか不思議だったが、大体の見当がついた。今、私はフイリピンの私立の小学校と高校で日本語を教えている。しかし、語学が得意な筈のフイリピンの小学生と高校生は、ひらがなの読み方や書き方がわからない。6月から教えているのにだ。それは、確かに日本語の教科書がなかったり、日本語の授業が週に各クラス1時間しかなかったり、プリントを配れなかったり条件が悪いことは確かにある。しかし、彼らは毎年、教師は変わるけれど日本語の授業を受けて来た筈なのだ。

 

 フイリピンでは、6月から新学期が始まるが7月に始めての試験で「ひらがな」の穴埋め問題を出したら、すごく成績が悪く、校長から大変な問題だと言われ、再試験をするはめになった。

 

 学校のオウナーがフイリピン人は、語学が得意だ、英語もフイリピンの国語であるタガログ語も現地語も話せるから語学の天才などと言われていたから、「ひらがな」は、10年以上前から歴代の先生たちが教えているからわかるだろうと思ったのが、間違いだった。

 

 今までの先生の授業内容をよく調べてみると折り紙や歌やローマ字を多く使って日本語の挨拶や言葉を教えていたことがわかった。「ひらがな」の読み書きの問題は2月か3月に出していた。だから、日本語の基本である「ひらがな」や「かたかな」は、よく身についていない。そして彼らは、「かたかな」は、書きやすいらしく自分の名前をかたかなで教えて欲しいという。

英語やタガログ語は、「アルファベット」を用いているので日本語の「ひらがな」は、ぐにゃぐにゃして覚えにくいらしい。フイリピン人がこちらで日本語を学ぶ時、「ローマ字」で覚えるようだ。こちらで売っている日本語学習の本は、みな「ローマ字」で書いてある。

 

 話はそれたが何故、彼らは英語が上手で欧米に行って働き英語が十分に通用する理由は、何かと以前から考えていた。

 そして、校長に頼んでこの学校の「時間割り表」をもらって驚いた。

 小学校1年生で、英語の授業が毎日、1時間半で週に5日も教えているのである。

2年生と3年生も同じで、4年生から6年生までは、1日、1時間、週5日である。

 高校も同じで、1時間、週5日である。

フイリピン人の先生が教えているが問題なさそうである。

 それから、フイリピンの国語であるタガログ語は、小学1年生から高校4年生まで、1時間授業で週5日である。

 

 これだけ小学校から教えれば英語やタガログ語が上達するわけだと思った。

 以前から小学校から英語を、フイリピン人の先生が教えていることは聞いていたがこれほど徹底して教えているとは思わなかった次第である。英語の授業が終わった後に日本語の授業があるとき、教室に行くと黒板にきれいな英語で板書してあり、高度な内容を見ることが多い。

 

 また、小学2年生でも、私が日本語の言葉を英語に訳して板書している時、つづりを間違えるとすぐ黒板の所に来て指摘してくれる。まして、高学年や高校生は勿論、すぐ気がついて先生、違うと指摘するから彼らの語学力は恐るべしである。

 

 私立だけでなく公立学校もそんなに変わらない筈である。国の指導要領があるから、基本的に授業内容や授業時間は変わらないだろう。今度、確認してみようと思う。

 

 そして、学校の行事でスピーチコンテストや歌や劇などの発表会が幾度かあったが流暢な英語やタガログ語で話すのを聞くとなるほどと思う。

 日本では、小学校で1時間英語を始めたが、私の日本語の授業と同じで語学力をつけるのは、難しいだろう。親しむことと慣れる程度であろう。

 この学校の英語教科書を見ると厚くて難しいことが書いてありそうだ。まだ、詳しく見せてもらったわけではないが。

 

 この国で、欧米人の英語教師はあまり見ない。欧米人を雇う金がないからであろう。日本語教師も自前で養成していたようだし、10年前、フイリピンのある日本語科目を設置している大学で日本でエンターテナーの経験ある女性がいくらでもいるから、日本人教師は必要ないと言われたことがある。

 

 この国では、海外で働く人材を養成することに力を入れていることがよくわかる。小学校にも通えなかったフイリピン人は、英語が出来ない。それは、田舎から来たメイドが英語が話せないことからもわかる。彼女らは小学校にも通えなかったのである。やはり、教育の力は実に大きいと思ったのである。

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学校のクリスマス休暇

2009/12/31 13:12

 

 

 

 学校のクリスマス休暇は、12月19日から1月4日までで、私は、20日に帰国した。

 

パソコンが壊れたので中古品購入と日本語教材の買い物や病院で持病の薬をもらうことなど忙しい。また幼稚園の幼児一人の日本語個人教授をやらされているのでその教材を買う必要がある。学校には、絵本などの教材が少ないので我々が、日本で買うしかない。七田式ドリルで想像とか迷路を買って来た。「ゆきちゃん」と言うその子は、絵本を読むのが苦手で迷路を好きだったのを思い出した。それをコピーして使えばかなりの期間使えると思った。

 

 学校の1月からの授業は3月までで3月に卒業試験がある。4月から5月まで夏休みである。グレードが75点以下の生徒は、追試験がある。それに合格せねば卒業や進級が出来ないらしい。

 

 グレードの点数は、7,8月と9,10月の

採点をして校長のサインをもらってある。

 試験は毎月ある。そして2ヶ月間のテスト、クイズ、授業への参加、行動や出席率などの平均でグレードの点数を出す。欠席や怠ける生徒もいるので75点以下の生徒も当然出ることになる。フイリピンに帰ったら、11、12月のグレードの点数を提出せねばならぬ。

 そして1月と2月の2ヶ月の平均で最終提出をして75点以下の生徒のために追試験があると思う。

 

 日本語学習に対する生徒の興味は、小学生は高校生より強いけれどこの町に日本の会社もないし日本への就職もないから全体にあまり興味がなく学習意欲もない。

 看護婦や介護士の受け入れが定着すれば変わるだろうが。しかし、日本政府は、中国人や韓国人の受け入れは熱心で日本に滞在する中国人は60万人に増えているらしい。フイリピン人は20万人だそうだ。

 

 それと心配なのは、日本の国力が低下しつつあることや政府の日本語教育に対する意義や戦略を考えていないことである。アメリカの公立小学校などで日本語教育を中止する学校が増加して中国語教育が中国政府の援助で増加しつつあることです。

 日本政府は、フイリピンで地方の空港建設をODAなどで援助しているけれど、この国の国民は知らないし有難く感じていない。草の根の日本語教育への援助をすれば効果が大きい。例えば500億円で一つの空港建設するより100万円で一つの学校の援助をした方が効果が大きい。

 空港建設では、一握りの地主が喜ぶが学校援助は大勢の生徒や親や先生たちが喜ぶのである。ODAで箱物ばかり作る政府役人の感覚が問題だと思うのである。

 

 

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バコロドのゴルフクラブ

2009/10/22 20:24

 

 バコロドには、二つのゴルフクラブがあります。一つは、NEGROS OCC. GOLF&COUNTRY CLUB でもう一つはBACOLOD GOLF&COUNTRY CLUBです。

 

 NEGROSは、市内中心から30分ぐらいで、平坦コースです。BACOLODは、市内から1時間ぐらいで、丘陵コースです。

 

 ネグロスは、平日は、割と空いています。外国人は、アメリカ人、日本人、韓国人が主です。

 まだ、バコロドクラブでプレイしたことがありません。

市内から遠いので車がないと不便です。

 写真は、ブログ、bandanosakura にあります。

 

 

 

 

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バコロドのマスカラ祭り 3

2009/10/20 19:31

 

 昨日、19日月曜日、午後2時半からパレードが始まりました。最初に、国旗と市旗と警察旗?だと思いますが、3人でそれぞれ旗を持って行進して来ました。それから、警察や軍隊、市の職員、学校の先生、バランガイの人たちと行進が始まり、小学生、高校生や大学生の鼓笛隊、そして大学生の行進です。

 

 驚いたのは、大学生が軍服姿で、木銃を持ってかっこよく行進して来たことです。多くの大学が軍隊の行進をしてたのには凛々しいというか整然として美しいと思いました。我が日本では、大学教授が殆ど左翼ですから、軍隊式の行進に賛成しないから実現しないでしょう。

 バコロドの大学では、訓練しているのでしょう。うらやましく思いました。指揮官が前で号令して学生が何か、大きな声で反復します。アメリカ式のようでした。

 

 いざとなれば、国防に当たれるわけですから、普段から愛国心、国防心を鍛えるのは、素晴らしいと思いました。我が日本の若者は、ぶくぶく太ったのが多くなったと電車に乗った時、よく思います。

 

 我が学園の生徒も参加しました。多くのオートバイ隊、トライシクル隊、それからかわさきのオートバイ隊も来ました。各会社の宣伝隊は、車に装飾したり美人社員を乗せたりしていました。

 行進した市民が多いので3時間かかり、5時半ごろ終わりましたから、少し暗くなっていました。

 

 このように、3日間、雨にも降られず無事終わったことは、バコロド市民にとっても楽しい満足のいくお祭りだったと思われます。

 写真は、ブログの bandanosakura をクリックして見て下さい。

 

 

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