私が日本語を教える機会を得たのは、この学校が初めてであるので、私の経験がフイリピンの全部の学校に当てはまるとは思えないのであるが大体は同じではないかと思っている。
まず、小学校と高校で日本語を教えている学校は、少ないと思う。大学や短大で日本語の科目がある学校はマニラにたくさんあり、最近では地方にも増えてきており、介護士、看護婦やコンピューター技師を養成する学校に多い。
それらの学校の学生は、日本への就職を目指しているから学習熱は高いだろうがこの学校では、普通の生徒でしかも、初等、中等学校であるから日本語を学習する意義などとは無縁であるから学習熱を比べると低いだろう。
だから、授業でも皆が熱心に勉強するわけではない。比較的、女子が熱心に勉強するし試験の結果も良い。
小、中学校のの各クラス週に1時間で何をどのように教えるかに苦労する。
さて、最初は日本語教育ばかりに目がいっていたが最近、教育全体に関心が行くようになった。そして、日本の教育とどこが違うか、良いところや悪いところは何かを考えるようになった。
それを私の経験、調査と観察した範囲内で述べてみたい。
1.授業時間が多い
カリキュラムを見せてもらってびっくりしたのは、授業時間が多いことである。
小学1年生でも週に30時間もある。
2年で30、3年で35、4年で36、5年で36、6年で38時間である。
高校は、1年から4年まで38時間である。
これを、日本の小学校(平成元年指導要録)と比べてみると週当たり、1年で25、2年で26、3年で28、4年から6年まで29時間であり、圧倒的にフイリピンのこの学校が多い。この、授業時間はフイリピンの平均だと思う。授業時間はフイリピンの教育省で決めている筈だからである。
授業時間が多いとしても学習能率につながらないけれどフイリピンの1単位時間の授業時間は、主要科目で60分でその他の科目で30分から40分であり、日本の小学校の1単位時間は、45分であるから日本の授業時間が少ないと言える。
それに、フイリピンの始業時間は7時半からであり、涼しい早朝から授業があるのは暑い国の知恵であろう。日本は、始業が8時50分からが多い。
終業は、低学年で3時であり、高学年で4時半である。
日本は、低学年で大体2時半、高学年で3時半である。
2.小学校では親が待合場所で待っている。
親御さんが朝子供を学校に連れてきて帰りまで待っているのである。
校門の外に屋根のついた長いすとテーブルがある待合場所があり、30人程の親御さんや小さな子供も待っている。そして昼休みには弁当を持って教室に来て昼ごはんを食べさせていたり、時々、教室を覗きに来たりする。
小学生は、何か困ることがあればすぐ親に相談することが出来て心強いと思う。そういえば、看護室は用意されているが、いつも閉じていて医者や看護婦が詰めていたのを見たことがない。学校規則で決められているので学校も部屋を用意しているけれど雇う予算がないのであろう。ちょっとした、怪我をどうするかというと事務室に応急用の薬箱が置いてあった。
その点、日本の行き届いた養護室とは比べ物にならない。
3.毎月試験がある
前にブログに書いたが毎月、試験があり点数は75%を目標にしている。
教師は、2ヶ月の試験後に生徒のグレードを決めて校長の許可をもらう必要がある。その評価は、毎月の試験の結果が30%でクイズ(小テスト)が25%、授業参加や行動が25%、出席が10%で宿題が10%とか決められている。
テストが難しいともっと易しくしてくれと言われた。易しい問題を出して点が取りやすくすると生徒から良い先生と言われるなどとオウナーから言われたことがある。
それでは、学力がつかないではないかと思ったことがある。
それで、3月になって最後のグレードを出して4ヶ月の平均を出す。それが、75%以下だったらどうするかと思うが多分、追試験をやるのだろう。それと、試験前に試験料を払わねばならず、払っていない生徒は、無許可(ノーパーミット)と言って試験が受けられない。試験料を払わない生徒やグレードが75%以下の生徒は、原則として進級や卒業が出来ない。
そういう、金次第という厳しい側面もある。
日本のように、高校無料化などと言う親にも子供にも甘い制度は、きっと子供の学習意欲が減退することになるだろう。あまりにも贅沢な制度は、親の義務を軽くしてしかも、中等教育が6年間も続くのは無駄な時間を空費する結果になるだろう。どこからも、それでは5年間にしろとかいう意見が出ないのが不思議である。フイリピンでは、中等教育は、たった4年である。だからと言って学力がそんなに落ちるわけではないのではないか。
貧しいゆえに4年間であって確かに、この国の庶民は、6年間も学費を払うのは大変なのである。富める国の学校は、6年間でしかも無料になることが、その国の将来にとっていいことなのか。
国民にお金をばらまいて人気を取る政策は、将来、国民に負担としてのしかかり、生徒を甘やかし、次の世代の民族の力を弱くするだろう。
今でもばら撒きを期待する日本の大衆の姿が以前の教育の結果であり、それを基盤にした選良の集まった政党の政治家がこの国を売ろうとしている現状では、今さら教育が国家の大事だと叫んだところでどうにもなるまい。
4.授業科目
授業科目は、どんなのがあるか興味があったが、やはり語学は、徹底して英語とタガログは、1日、1時間から1時間半もある。主要科目では、数学と地理と歴史や科学があり、他には、音楽と体育、生活科や道徳などがある。面白いのは、音楽と体育と芸術をまとめた学科があることだ。大体のところ日本の科目とそれほど違いはない。
この学校では、小学校と高校が同じ敷地にあるので交流が簡単で先生たちも両方の授業を受け持っている。
5.学校行事など
今まで色々な行事を見てきたが、例えば、討論会や生徒会の選挙活動やマスカラのパレード参加やクリスマスを祝う会などがあった。一番、驚いたのは、クリスマス会で学校で一つの会館を借り切って夕方から始めた行事である。
その行事は、校長が司会して市の教育関係者を招待して親にも会費を取って参加を呼びかけて開催された。小学生や高校生の歌や踊りや劇などが披露され、また、先生たちも参加するというすごい迫力のあるものだった。日本の学芸会のようだったが全員、出場するわけではなく学年毎や選抜生徒たちが休み時間や放課後の練習した結果が披露され、先生たちもいつ練習したのかという出し物があり、ダンスの得意な先生の出し物は拍手喝采を浴びた。生徒も先生も色々な得意な技を発揮して楽しいひと時であった。
6.学校の設備
私立学校でそれほど豊かではない学校であるため教室にしろ運動場や職員室にしろ日本の公立学校と比べたら雲泥の差である。
教室は、黒板と言っても板にペンキを塗ったようなもので凹凸があったりチョークで良く書けない部分があったり,教室ごとに大きさが違ったり色々である。
不便なのは、チョーク受けがないのでチョークを置くときにいちいち教卓まで歩かねばならないこと、チョークは少し力を入れると折れてしまう柔らかいチョークしかないこと、黒板に鮮明に字が書けないことや照明が暗い、風通しが悪いことなどがある。やはり、暑い時期に風通しが悪いので扇風機があっても汗だくで授業せねばならない時もあった。
そういう環境で生徒も先生も良く我慢していると思った。日本のように教員組合がないので給料が少ないのにしかも、授業時間は始業から終業までこなさねばならない。
日本の教員は、恵まれており、給料が良く、授業の持ち時間はある程度、制限されている。また、学校の環境が良く設備が良いことを改めて実感した。
7、年間の授業日数
フイリピンの学期は、6月からであり、夏休みが4月と5月にある。また、クリスマス休暇が2週間程度、10月に前期が終わり、後期の間に1週間程度の休みがある。また、土日が休みの学校5日制である。日本と比べても,大差がない授業日数であろう。
昨年の6月からもうすぐ、1年になるが、良い経験をしたと思う。その経験から日本の教育を見直す機会になった。
しかし、今の日本は教育問題より先に防衛問題が心配される政権になりまた、自由民主主義が社会主義に変える危険のある政権である。しかし、考えてみればGHQによってわが国の教育が歪められて戦後教育に毒された戦後世代が政権を取り、その政府がわが国の滅亡にかかわろうとしているのも正に教育の結果である。それが、わが国の不幸でありわれわれの不幸でもある。
フイリピンにいて思うことは、日本人はフイリピンを馬鹿にしている人が多いけれど、しかし、この国は共産党は非合法であり共産党員は認められない国であるから日本のように共産党や社民党などは存在できない、だから社会主義に向かうことはあり得ない。
また、キリスト教の国であるから、家族を大事にするし、堕胎は出来ないから人口は減る心配がないと思う。
それに比べて日本は、家族を大事にしない国になり中絶を認めているから人口減と風紀が乱れる心配ある。
この国の人々は、老後になっても家族が面倒みてくれる。だから、子供を大事にする。それは、一つの保険だからでもある。
by izabacolodo
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